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長駄文館・・・白花に青花一輪、見事為り。

                  白花に、見事な青花一輪為り。(10/13/20)
 落ち葉掻き、湧水汲み、夕刻散歩もして、晩飯は炊き立て飯に、焼き魚等で美味い晩飯も終わって、未だ6時半を回っただけで在る。

 時間が在り過ぎるから、備忘録に載せてない明・清の手書きをPC清書して付け加えて置こうの気持ちが出て来た。
こうが
 イラン、トルコ、モンゴル、ツングース系の入り混じる北方遊牧民族と黄河・漢・長江・楚の農耕民族との征服王朝の繰り返しの中国大陸史は、被征服の側からの農耕民族のコンプレックスの裏返しから来る中華思想・華夷思想に込められた根底を観る時に大きな関心を呼ぶ処で在る。
 中華・華夷に拘泥する余り、彼等は北方異民族統治下の『言い訳』にそれら異民族の中華文明に対する『同化』を主張して、中国大陸史史上、最大の版図にして最大の興隆期を示した女真帝国の『大清国』を、現赤い征服王朝の中狂国の正統な国土・国威と嘯いて居る。そんな政治宣伝を、言葉巧みに『一治一乱、易姓革命』と豪語して、民不在の征服者と被征服者の構造継承を一様に紡ぎ続けて来たのが実態なので在る。

『科学は神学の婢』と位置付けたヨーロッパ中世、『歴史は新王朝の政治宣伝』と今尚、歴史観を旧態依然と引き継ぐ中狂は、共産党を国教とする一神教とも云え様か。

 宋⇒元⇒明⇒清の王朝経緯の中、明の正統性を継承したと云う清の統治方が、華夷共存の知恵の集約に映って、少数民族が圧倒的多数の農耕民族を恰も効率良く群れ管理をする遊牧民族のDNA技量は真に秀逸に観える次第で、私は毛沢東から始まる現赤い征服王朝・中狂独裁体制と民の関係を観る時の参考として居る次第なので在る。宋⇒清に至る諸々の過程は、中国の大地に起こった遊牧騎馬民族と農耕民族の其々の抗争・混在・融合の色合いを見せ付けて、真に歴史の持つ面白さを、現在に伝えて呉れる様で在る。

 趣味の主体本にして、通読十数回に及んだ『詳説世界史研究』の旧本に挟み込んだ自前纏めのファイルを持って来て、開いて見る。

 いやはや、凄い分量の書き込み蓄積で在る。書き殴りのメモでは無く、一応、清書されて居る内容で在るから、備忘録綴りとは別個の個別ファイルで使用して行った方が使い勝手も好かろうと、『思い直した次第』で在る。そんな次第で、手間が省けた。手間が省けた分、秋の夜長をシンキングタイムに充てる事にした。

 歴史シンキングタイムの内に眠りに落ちて、今朝は如何云う流れで傑作な夢を見たのかは、定かでは無いが、夢の中の手を叩いての自分の笑い声で目が覚めた次第で在った。

 長らくの女日照りの固定化故に、この頃ではトンと女性の夢は見無くなって仕舞った。出て来るのは、みな男ばかりで在る。それもふざけた連中ばかり、困った連中ばかりで在る。如何してかな・・・と首を捻って思い当たる処が在った。

 武漢ウィルスの自粛が定着した昨今で在るから、6、70代に為った往年のプロ野球選手達が、元相撲取りが、自らユーチューバーに為って往時の今までオフレコのエピソードを披露しながらの『人生観』を発信して居るので、それを見て居る。

         此処の処の『日本学術会議問題の解説物』よりも、為になって面白い。
 優れた才能がプロの世界で凌ぎを削って、名を馳せた往年の名選手達の切磋琢磨して掴み上げた技、名勝負の語りの中には、道は違っても、真摯な努力に培われた人生観がリアルに出て居て、魅力的な男達の一代記が伝わって来る。

 プロスポーツの世界での類稀なる実績者達の話の中には、人生の共通項が語られて居る。そしてスポーツ選手達の肉体派の持つ極め様とする『心技体の努力と凄味』が在るから、観念世界とは異なった具体・具現の世界が、何んとも説得力の在る内容と為って居るから、嬉しい次第で在る。

『頭高体低』の輩は兎角、行動力の伴わない輩が多くて、運動脳、感情脳さん達を下に見る悪弊が付き物の様で在る。

 中華何千年かの歴史か何かは知らないが、科挙文官中央集権行政の歪(ひずみ)なのだろうが、負け惜しみ中華・華夷思想で兎角、知能指数ばかりを強調する事で自分を特等席の無風状態に置いて、上から目線で物を言う輩が蔓延って居る物で在る。

 小中学校の義務教育には国語・算数・理科・社会、体育、音楽、家庭科と、網羅されて居て、科目には本来優劣が無い筈なのに、それが長じるに従って、変な偏重教育が施されて来る物で在る。

 社会が豊かに成ればなる程に、分業化は進み、細分化は特化に進む。これは或る意味、文明と云う進化の賜物で在る。

 各々が稼ぐ道は、社会の分業化の下での特化業務の一部に於いて、生活原資を稼いで居るだけの事で在る。分業化、特化の下での細分化仕事・業務に就いて居るだけの構図で在るから、社会総体としては、職業の貴賎を言わないのが、社会ルールの基本の一つと為って居る。

 リーダーは合理的判断面の総合力にして、人を束ねる人間力を持たねば為らない人望を持つ事が求められる次第でも在ろう。

 個別の問題解決には、色んな要素、条件が横たわって居るから、強制力が功を奏する時も在れば、調整力が必要と為って来る場合も在るし、人間は万能力を持ちえないから、先発、中継ぎ、抑えのパターンも必要と為って来る。

 求心力、遠心力と正反対の力の拮抗は、人間界の理と感の二大要素の拮抗型とも言えようか。机上の理論家と実践理論家とは、大にして思考、実戦面に於ける体質的相性の問題が内在して居る様に思える次第で在る。学者人種は素人目からすると、〇☓の特化が進み過ぎて、一般社会から遊離し過ぎた『駄々っ子環境の生物』に見えて来て仕舞う次第で在る。

 兎角、文化、学問の世界に住まう住人は、愛知何んとか、アイヌ何んとか、沖縄独立何んとか、日本学術会議何んとか・・・etcで、表現・集会の自由とやらを逆手に取った『唯我独尊の身勝手シュピレスコール愛好者』にしか観えないのだが、これも浅学菲才の底辺貧民のヤッカミなのだろう。

 さてさて、朝飯と致そうか。昨夜の弱火で炊き上げた小豆と金時豆を、炊飯器の温め直しの白米に掻き混ぜて、赤飯もどきにしての焼き魚に漬物の飯とする。この遣り方は個人スーパーのレジ先輩から教わった生活の知恵で在る。白花朝顔に混じって、見事な青花一輪で在る。成功で在るから、昼は頂戴物の丸餅を焼いて、豆餡で食する事に致そう。

   何処で如何間違えたか、取り留めのない駄文のオンパレードに為って仕舞った。遺憾いかん。


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