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長駄文館・・・短時間に終わった雨為り。

                短時間に終わった雨為り。(4/14/21)
 参ったねぇ~、トイレに起きたら、眠れずに寝返りをして居る内に目が覚めて仕舞った。遺憾いかんの態では在るが、毎日が日曜日の古希坂親父の独居生活で在る。誰に迷惑を掛ける訳でも無し、眠れ無い時は起きて仕舞うのが好い。明かりを付ければ、3時前で在る。外は相変わらず、雨降らずの風音で在る。

 小部屋入りしてのコーヒーとビスケットで、ラジオ深夜便を聴く。3時台はペギー葉山さん特集との事。好きな歌手の一人で在るから、聴くべしの『お導き』と云う事だったのかも知れない。

   この頃、殆どラジオ深夜便は聴かなく為って仕舞ったが、眠れぬ時は矢張り深夜便は落ち着く。

 今日は花の種を蒔いて置くと致そう。種を蒔いたからと云っても、発芽成長するとは限らない過去経験で在るから、『下手な鉄砲も数打てば当たる』で、多数蒔きとして、散歩コースの花屋を覗いて個人スーパーで買い物をして来ると致そう。

 そんな事を考えて台所へ行くと、雨音で在る。未だ暗くて、空の様子は皆目判らぬが、如何進む物やら、判らない処がこれまたフリーの暇人には好い次第でも在る。

 四文字熟語に因めば、融通無碍の言い回しも在るそうな。私の場合は、計画性欠如のブッツケ本番、状況に合わせての原生生物・アメーバー&偽色・カメレオン男の習性で在る。

 お声掛けの婆桜連によると、私の生活はゆったりとしたリズムで、体が好く動いて居るから『吾が世の春』然として見えるらしい。外観を見て感じるのは、その人の自由では在るが、それにも男女差が在るのだろうが、大きな買い被りで在る。
 その実態たるや、親分無しの子分無しの独居生活の住人で在るから、何事もしゃ~無い、しゃ~無い。仕事は総べからず引き算にして、遣れば、やれやれの溜め息の連続事。ひたすら諦めての、『自前生活』を送らざるを得ないだけの結果で在る。立ち止まったら、嫌気の蓄積が進むだけの事で在るから、遣らざるを得ないだけの生活で在る。

    体力、趣味も有って、話力も在って『羨ましい』と云われるが、何を仰いますの段で在る。

 そう思うのなら、ご自分も体力、趣味、話力を持てば好いだけの事で在る。幼児の無い物強請りを、躾の一環で親教育をして来た身なのだろうから、各種の柵から解放されたのなら、初心に還って『自己躾』に戻るのが、ピンピンコロリの寂滅道と云う物で在ろう。

 体力、趣味、話力を作るのも、その人の努力の結果と云う物で在ろうが・・・。自己努力は自己躾と同義の筈で在る。他に四の五の言う前に、自分を律して鍛え上げろ。そうすれば、ラジオ、テレビ、新聞雑誌とも突っ込みも、対話も出来て、退屈もし無かろうに。

              話力はとどの詰まりが『和力』に通じる処で在ろうに。
 頭に浮かぶ儘、中指がキーボードを叩く儘に、時間も過ぎて行く。ペギー葉山特集も終わり、トイレ立ちに行くと、4時半を回って、雨は既に止んで居る。

 さてさて空腹の覚えと為って来た。飯を食べるか、寝床に帰って不足を補充するか。煙草を吸ってから、寝床帰りとするのが無難で在る。へへへ。

 吉良殿の寝床では無いが、下着に為って体を入れると暖かい。廊下からは朝告げ鳥の声では在ったが、小時間で寝入った次第で在る。

 尿意を催して、用を済ませての起床とする。廊下の一服を付けて、雨に浮き出た小石などを拾いながら、花の種蒔きをする。4種類とも芥子粒の様な細かさで在る。

 さぁ、これで大方のスペースの種蒔きも終わった。後は発芽観察で在る。発芽、成長と為れば、育ての親の私も夏の朝夕のジョロ散水の勤(いそ)しみが日課と為って、結構な時間と運動量に為って来る。
 これも吾が一年のサイクル事で在るから、する事が出て来るのは、頭と体の呆け防止の一環とも為る。弱音、文句など言ったら、『お天道さんの罰』が当たると云う物で在る。

 何年も地面にズームアップして居ると、雑草との区別が付いて来る物で在る。そんな中で不思議な植物が在る。
 ツユクサで在る。多年草のムラサキツユクサとは違って種から発芽して居るのだろうが、種子が出来る前の引き抜きに心掛けて居る心算なのだが、毎年出るわ出るわの芽出しラッシュと成って居るから不思議な植物で在る。

 ハコベもそうで在るが、ハコベは廊下鳥の好む処で在るから、有用性が高い。それとカラスのエンドウの旺盛さは、そのサヤ種の零れで在るから普通に納得出来るのだが、ツユクサの、そのメカニズムが合点の行かぬ次第なので在る。今年は引き抜いたら、特と注意を払って置くと致そう。

 呆けぬコツは疑問を持って観察し、成否は別として原因を探り対処法を見出す探究心と思われる。

 中世カソリック世界では、哲学は神学のハシタメ(婢)として蔑まれて来たとの由。それが17C半ばに至って英のベーコンの帰納法、仏のデカルトの演繹法によって、自然科学は学問の中枢を担う 『科学革命』を成し遂げたとの由で在る。インドに於いてはバラモン教の祭司主義からの脱却でウパニシャド哲学が生まれ、様々な『真理探究の道』で62見が現われ、その中から解脱の道の仏教、ジャイナ教が確立して行ったそうな。

 遅ればせながら、私も諸々の柵から解放された時間と空間の中に居れる様に為って来た『古希坂生活』で在る。構えて、流すべき処と抑えるべき処を押さえて、呆けぬコツを励行しながら、人畜無害の寂滅の戯け道をして行きたい物と考えて居る次第で在る。

 もう雨の進みは無かろうが、灰色一色の空で在る。ちょいとぶらぶら歩きをして来てから、午後の部に移行すると致そうぞ。へへへ。


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