長駄文館・・・早朝散歩に虞美人草為り。
- 2021/05/11
- 14:33
早朝散歩に、虞美人草を思った為り。(5/11/21)
おっ、コッコが起きたか、カラスがカァカァ、山から下りて行くか。然しながら、起きるには、ちと早い。しゃ~無い。バッコン、フリフリ腹筋体操をして見るか。
起きれば、雨は降らなかった様で在る。晴れても、曇りに下降しても、ぽつり雨も、雨に成らずの締まらないお天気の続きで在る。廊下コーヒーと朝の一服を点けて居る内に、偶には早朝散歩をして来るかの気分と為って、散歩の前倒しに赴く。
土手道から川の流れを見遣れば、コガモが未だ帰らずに居る。早朝の静かな川は、兎角、カラスが目立つ。家々の庭に咲く牡丹、ツツジ、山吹の花、庭樹の手入れなどを見ながらテクテク歩きをして居ると、早朝散歩は腰の曲がったゆっくり歩きの老人の姿が多い。
一応、私の方が若いから、歩く事は或る意味、『姿勢を正す事』に通じるから、顎を引いて胸を張っての腕振りウオーキングとする。老人歩きを見て、『吾が身正せ』の急ぎ足の見栄とするも、これ自己管理の内で在る。ハハハ。
そんなテクテク、スタスタ歩きをすると、見栄は疲れの元と為るが、これも立派な運動で在る。
私は、元来が一本気の真面目な性質で在る。帰って来て時計を見ると、丁度45分の所要時間で在る。一時間4kmが一般的との事で在るから、45分は丁度3/4時間で在るから、3kmの散歩と云う計算のし易さで在る。バッコン腹筋体操に3kmの散歩で、本日の運動としては過不足無しの事と相成った次第で在る。
土手斜面ではコゲシの花盛りで、薄赤色に混じって小紫の八重物が何本か見えた。芥子の花は別名『虞美人草』とも謂われ、虞美人は彼の有名な楊貴妃を差して、楊貴妃に溺れて玄宗皇帝が都落ちする時に、涙を飲んで楊貴妃を処刑した土から咲いた花との故事から付いた名前との由。
赤い芥子の花よりも、小紫の八重の芥子花にこそ、虞美人草を感じた次第で在る。早起きは三文の得と云うだけ在って、早朝散歩は虞美人草との出会いと云う事に為った次第で在る。
虞美人草関連で、唐の女難から生まれた名君・玄宗皇帝も、何時しか政治意欲を欠いて、楊貴妃の色香に溺れ、女難に没すの大唐国の歴史お浚いも、頭のテロップに流れての呆け防止散歩とも為った次第でも在る。
昨就寝前の動画見では中東のラクダの遊牧、ロシアのトナカイ遊牧を見た。片や砂漠下、片や雪原下に圧倒されるばかりの数と過酷な遊牧生活振りで在った。
草と水を求めての、荒涼たる大地を日々移動して行く様で、ラクダ、トナカイにしろ、逸(はぐ)れ、脱走は付き物の様で在る。
砂漠ではそんなラクダを車で捜索するシーンが在った。母ラクダと乳飲み子ラクダで、発見された母子は、子供だけが車に乗せられて帰るので在るが、口を繋がれて居る訳で無し、自由の身の母ラクダが拉致された我が子を猛追する母ラクダの本能を逆手に採った巧い方法と感心すると同時に、野生種が家畜種にさせられる慟哭を目の当たりにして、居たたまれ無い感じに為って来た次第で在る。
人間に例えれば、奴隷の慟哭で在る。
勿論、捕らえに来た遊牧民にとっては、ラクダは財産で在るから、母子の様子を見ての休憩時間も、授乳タイムも在る。
飼われの身に為れば、食糧と安全は人間の手によって確保される一方、自由は捥ぎ取られて仕舞う。ラクダの母親は、群れから逸れたのか、自由を求めての脱走だったのか、難しい処で在った。
一方、冬のツンドラには、それなりの食料が在る。矢張り母トナカイと乳飲み子の捜索で在った。見付けられれば、人間に付いてスンナリと群れに帰る親子トナカイとの比較をすると、食糧に心配の無さそうなトナカイ達には、若しかしたら或る程度の自由さが在るのかも知れないと感じた次第で在る。へへへ。
本日はスタートが早かったので、未だ7時半で在る。本日分ブログの字数も頃合いの段と為って来た。さてさて、飯前に息抜きに今週末辺りに葉野菜の間引きを予定して居る次第で在るから、大きくさせて置く為に、ジョロ散水配りをして置くと致そう。
植物も栽培種に特化されて仕舞うと、これまた人間への奴隷化と為って居る次第で、どんな呟きをして居る物やら。まぁ、好い方に捉えれば、これも人間との『共生関係』と云う物で在ろうか。
曇天、低めの気温で在る。朝飯後は、風呂入りをして本日の時間送りを考えると致しましょうかね。
おっ、コッコが起きたか、カラスがカァカァ、山から下りて行くか。然しながら、起きるには、ちと早い。しゃ~無い。バッコン、フリフリ腹筋体操をして見るか。
起きれば、雨は降らなかった様で在る。晴れても、曇りに下降しても、ぽつり雨も、雨に成らずの締まらないお天気の続きで在る。廊下コーヒーと朝の一服を点けて居る内に、偶には早朝散歩をして来るかの気分と為って、散歩の前倒しに赴く。
土手道から川の流れを見遣れば、コガモが未だ帰らずに居る。早朝の静かな川は、兎角、カラスが目立つ。家々の庭に咲く牡丹、ツツジ、山吹の花、庭樹の手入れなどを見ながらテクテク歩きをして居ると、早朝散歩は腰の曲がったゆっくり歩きの老人の姿が多い。
一応、私の方が若いから、歩く事は或る意味、『姿勢を正す事』に通じるから、顎を引いて胸を張っての腕振りウオーキングとする。老人歩きを見て、『吾が身正せ』の急ぎ足の見栄とするも、これ自己管理の内で在る。ハハハ。
そんなテクテク、スタスタ歩きをすると、見栄は疲れの元と為るが、これも立派な運動で在る。
私は、元来が一本気の真面目な性質で在る。帰って来て時計を見ると、丁度45分の所要時間で在る。一時間4kmが一般的との事で在るから、45分は丁度3/4時間で在るから、3kmの散歩と云う計算のし易さで在る。バッコン腹筋体操に3kmの散歩で、本日の運動としては過不足無しの事と相成った次第で在る。
土手斜面ではコゲシの花盛りで、薄赤色に混じって小紫の八重物が何本か見えた。芥子の花は別名『虞美人草』とも謂われ、虞美人は彼の有名な楊貴妃を差して、楊貴妃に溺れて玄宗皇帝が都落ちする時に、涙を飲んで楊貴妃を処刑した土から咲いた花との故事から付いた名前との由。
赤い芥子の花よりも、小紫の八重の芥子花にこそ、虞美人草を感じた次第で在る。早起きは三文の得と云うだけ在って、早朝散歩は虞美人草との出会いと云う事に為った次第で在る。
虞美人草関連で、唐の女難から生まれた名君・玄宗皇帝も、何時しか政治意欲を欠いて、楊貴妃の色香に溺れ、女難に没すの大唐国の歴史お浚いも、頭のテロップに流れての呆け防止散歩とも為った次第でも在る。
昨就寝前の動画見では中東のラクダの遊牧、ロシアのトナカイ遊牧を見た。片や砂漠下、片や雪原下に圧倒されるばかりの数と過酷な遊牧生活振りで在った。
草と水を求めての、荒涼たる大地を日々移動して行く様で、ラクダ、トナカイにしろ、逸(はぐ)れ、脱走は付き物の様で在る。
砂漠ではそんなラクダを車で捜索するシーンが在った。母ラクダと乳飲み子ラクダで、発見された母子は、子供だけが車に乗せられて帰るので在るが、口を繋がれて居る訳で無し、自由の身の母ラクダが拉致された我が子を猛追する母ラクダの本能を逆手に採った巧い方法と感心すると同時に、野生種が家畜種にさせられる慟哭を目の当たりにして、居たたまれ無い感じに為って来た次第で在る。
人間に例えれば、奴隷の慟哭で在る。
勿論、捕らえに来た遊牧民にとっては、ラクダは財産で在るから、母子の様子を見ての休憩時間も、授乳タイムも在る。
飼われの身に為れば、食糧と安全は人間の手によって確保される一方、自由は捥ぎ取られて仕舞う。ラクダの母親は、群れから逸れたのか、自由を求めての脱走だったのか、難しい処で在った。
一方、冬のツンドラには、それなりの食料が在る。矢張り母トナカイと乳飲み子の捜索で在った。見付けられれば、人間に付いてスンナリと群れに帰る親子トナカイとの比較をすると、食糧に心配の無さそうなトナカイ達には、若しかしたら或る程度の自由さが在るのかも知れないと感じた次第で在る。へへへ。
本日はスタートが早かったので、未だ7時半で在る。本日分ブログの字数も頃合いの段と為って来た。さてさて、飯前に息抜きに今週末辺りに葉野菜の間引きを予定して居る次第で在るから、大きくさせて置く為に、ジョロ散水配りをして置くと致そう。
植物も栽培種に特化されて仕舞うと、これまた人間への奴隷化と為って居る次第で、どんな呟きをして居る物やら。まぁ、好い方に捉えれば、これも人間との『共生関係』と云う物で在ろうか。
曇天、低めの気温で在る。朝飯後は、風呂入りをして本日の時間送りを考えると致しましょうかね。
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