長駄文館・・・にゃははのハッ為り。
- 2021/09/23
- 13:59
にゃははのハッ為り。(9/23/21)
昨日は午後に成って、何回か雨が降った。暑さのぶり返しの大地に、それなりのお湿りと成った。トイレ起きに一度目が覚めたが、未だ早かろうと上掛けを正して寝入った処、本日は寝坊の朝と成った。古希坂住人と云えども、偶にはこの位寝る必要が在ると言う物で在る。全戸開放して、自転車を出せば清々しい青空に、風の通りで在る。
本日は秋分の日で在るから、秋のお彼岸で在る。風の強さに線香の控え放送は有るのだろうが、春・お盆・秋の墓参りは、ドライブ方々の季節観望のお時間でも在る。
朝飯を食べて、適当な時間帯でのんびりと車窓の風景、風、霊園からの中心平の眺望に身を置いて来ると致そう。
そんな予定と昨日を振り返りながらの、モーニングコーヒーをして居て思い出した。
洋楽を聴きながら四畳半で頁捲りをして居ると、何やら男女の縺れ中らしき、私立D高の2人が四畳半直近の曲がり角で立ち止まって、互いの目と目を見つめ合って、何やら深刻な時を迎えて居る。
「おいおい、恋の詰問は男女の倣いだろうが、そんなプライベートな事は、プライベートゾーン、プライベートルームでするもんじゃい。此処は人通りは無いと云っても、天下の公道では無いか。10mも行けば河川敷ベンチのムードエリアも在らぁな。馬鹿者が、早く立ち去れ。勉強の邪魔で在る。」
「おいおい、只ならぬ雰囲気と為って来た。」
アッジァ、互いにマスクを取って、女からキスを求めたでは無いか。
気が済んだ様に、二人は手を繋いで視界から去って行った。
デカイ声じゃ言えないが、若い頃は相当にモテた男で在るが、私は日本男児として、TPOと公私のケジメを弁えて居た硬派の男を通して来た。演劇クラブか、アニメクラブの所属かは知らぬが、『恋は盲目の破廉恥様』では無いか。
そんなシーンを思い出して、そんな男女の関係を昔は『発展家』と呼んで居た次第で在る。私風に形容すれば、『自己顕示の露出癖の男女関係』と呼称すべきなので在る。
米の研究に依ると、恋愛感情を司る恋愛ホルモンの持続力は長くて2、3年との記述を読んで、マリリン・モンローの『七年目の浮気』は嘘と云う事実を知った次第で在る。そんな事を考えると、男族は別にして女族としては、恋は盲目の熱し易く冷め易い恋愛ホルモンの旺盛さは、彼女のその後の人生にとって、『恋多き女』『尻軽女』『露出癖女』『制御出来ない女』・・・etcの陰口を叩かれる人生を歩むのかも知れぬ。
鬼平犯科帳では『蛇苺の女』の一遍も在って、亭主のベンガルさんが、タジタジの名演技をして居て、好いて一緒に為った女房では在っても、『好き者女房』にはホトホト手を焼いて居た表情を思い出した次第で在る。
★おい、娘っ子、そう為ったら、如何するんじゃい。花の命は短いんじゃい。化粧、服装のデコレーション延命のテクニックとて、歳波には勝てんのだぞ。シーザー、アントニウスには通じた女力も、若きオクタビアヌスには通じない歳の差に乳首をコブラに噛ませる潔さを保つか、最後までカマキリ女で牢獄の錆と為るか、女族武器の両刃の検証時を誤る事、なかれでゴザンスよ。へへへ。
遺憾いかん、朝飯前の文字落としの心算が、根の戯け虫がマタゾロ中指を突かせて、とりとめのない方向に進んで仕舞った。飯にして、妄想一掃の外気吸いドライブに行って参りましょうかね。吾ながら困った次第で在る。
車の少ない昼時を狙って行くが、タイミングの悪さで信号に捕まって仕舞う。街場から郊外に至れば、黄金色に穂を垂れる稲と刈り取りの始まった田園にコスモスの戦ぎで在る。霊園ヘの山道を上り、眺望の開けるアルプス連山を目に、一方通行の霊園をほぼ一周しての到着で在る。墓地の雑草を毟り、丁重に洗い清めての花と線香を手向けての南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏のお参りをして来る。
春は名のみぞ、風の冷たさよだが、秋は名のみぞ、太陽の熱さで在る。 いやはや、夏並の陽気に、暑さ疲れの態で在る。昼は焼きソバとして、午後タイムは昼寝からスタートすると致そう。
昨日は午後に成って、何回か雨が降った。暑さのぶり返しの大地に、それなりのお湿りと成った。トイレ起きに一度目が覚めたが、未だ早かろうと上掛けを正して寝入った処、本日は寝坊の朝と成った。古希坂住人と云えども、偶にはこの位寝る必要が在ると言う物で在る。全戸開放して、自転車を出せば清々しい青空に、風の通りで在る。
本日は秋分の日で在るから、秋のお彼岸で在る。風の強さに線香の控え放送は有るのだろうが、春・お盆・秋の墓参りは、ドライブ方々の季節観望のお時間でも在る。
朝飯を食べて、適当な時間帯でのんびりと車窓の風景、風、霊園からの中心平の眺望に身を置いて来ると致そう。
そんな予定と昨日を振り返りながらの、モーニングコーヒーをして居て思い出した。
洋楽を聴きながら四畳半で頁捲りをして居ると、何やら男女の縺れ中らしき、私立D高の2人が四畳半直近の曲がり角で立ち止まって、互いの目と目を見つめ合って、何やら深刻な時を迎えて居る。
「おいおい、恋の詰問は男女の倣いだろうが、そんなプライベートな事は、プライベートゾーン、プライベートルームでするもんじゃい。此処は人通りは無いと云っても、天下の公道では無いか。10mも行けば河川敷ベンチのムードエリアも在らぁな。馬鹿者が、早く立ち去れ。勉強の邪魔で在る。」
「おいおい、只ならぬ雰囲気と為って来た。」
アッジァ、互いにマスクを取って、女からキスを求めたでは無いか。
気が済んだ様に、二人は手を繋いで視界から去って行った。
デカイ声じゃ言えないが、若い頃は相当にモテた男で在るが、私は日本男児として、TPOと公私のケジメを弁えて居た硬派の男を通して来た。演劇クラブか、アニメクラブの所属かは知らぬが、『恋は盲目の破廉恥様』では無いか。
そんなシーンを思い出して、そんな男女の関係を昔は『発展家』と呼んで居た次第で在る。私風に形容すれば、『自己顕示の露出癖の男女関係』と呼称すべきなので在る。
米の研究に依ると、恋愛感情を司る恋愛ホルモンの持続力は長くて2、3年との記述を読んで、マリリン・モンローの『七年目の浮気』は嘘と云う事実を知った次第で在る。そんな事を考えると、男族は別にして女族としては、恋は盲目の熱し易く冷め易い恋愛ホルモンの旺盛さは、彼女のその後の人生にとって、『恋多き女』『尻軽女』『露出癖女』『制御出来ない女』・・・etcの陰口を叩かれる人生を歩むのかも知れぬ。
鬼平犯科帳では『蛇苺の女』の一遍も在って、亭主のベンガルさんが、タジタジの名演技をして居て、好いて一緒に為った女房では在っても、『好き者女房』にはホトホト手を焼いて居た表情を思い出した次第で在る。
★おい、娘っ子、そう為ったら、如何するんじゃい。花の命は短いんじゃい。化粧、服装のデコレーション延命のテクニックとて、歳波には勝てんのだぞ。シーザー、アントニウスには通じた女力も、若きオクタビアヌスには通じない歳の差に乳首をコブラに噛ませる潔さを保つか、最後までカマキリ女で牢獄の錆と為るか、女族武器の両刃の検証時を誤る事、なかれでゴザンスよ。へへへ。
遺憾いかん、朝飯前の文字落としの心算が、根の戯け虫がマタゾロ中指を突かせて、とりとめのない方向に進んで仕舞った。飯にして、妄想一掃の外気吸いドライブに行って参りましょうかね。吾ながら困った次第で在る。
車の少ない昼時を狙って行くが、タイミングの悪さで信号に捕まって仕舞う。街場から郊外に至れば、黄金色に穂を垂れる稲と刈り取りの始まった田園にコスモスの戦ぎで在る。霊園ヘの山道を上り、眺望の開けるアルプス連山を目に、一方通行の霊園をほぼ一周しての到着で在る。墓地の雑草を毟り、丁重に洗い清めての花と線香を手向けての南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏のお参りをして来る。
春は名のみぞ、風の冷たさよだが、秋は名のみぞ、太陽の熱さで在る。 いやはや、夏並の陽気に、暑さ疲れの態で在る。昼は焼きソバとして、午後タイムは昼寝からスタートすると致そう。
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