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長駄文館・・・ちょいと、朝アイドリングをした為り。

                ちょいと、朝アイドリングをした為り。(9/29/21)
 本日は薄曇りの朝と成って居る。カレンダーを見れば、9月も明日で終わりで在る。マンネリ日々の重ねにしか過ぎない古希坂住人の生活では在るが、月日の早さには呆気無さを感じる次第で在る。

 プラスチィックゴミを纏めて押し込むと、未だ容量が在るのでパスとして、朝のアイドリング代わりに、インゲンを抜いてそのスペースに第二陣のべんり菜を蒔く事にする。今年は、インゲンに事欠かなかった働き者で在った。土起しをして種蒔きとする。

 第一陣の列も大分形に成って来たので、肥料を撒いて置く。これでアイドリング充分で在るから、徐々に草茫々の庭も季節を変えて行く事だろう。

       時季外れの山ツツジの花数が多く、二度咲きの様で在る。小菊が蕾を見せて来た。
定位置の小部屋入りをして、モーニングコーヒーと煙草の一服を付けながら、ラジオONとする。通勤帯、通学帯が背後に流れ、薄日の射しと成って来た。開放廊下からキリギリスの声、睡蓮鉢にはグッピィの浮上しての泳ぎで在る。金魚槽全滅で水槽洗いをして休槽とした処、水気の無さにシジミが表面に出て来て、彼等も確り環境に適応して居たのかの驚きで、大小のシジミをグッピィ槽、睡蓮鉢に投入した次第で在る。

 当初は軽い気持ちで水槽浄化効果も在るかも知れぬと、遊び心で投入したのだが、殆どが死んで仕舞い、却って水質汚染の元と失敗を悔やんで居た次第で在る。それでも、生物の世界は適応する個体も在るらしく、適応生存、繁殖が底砂にひっそりと潜行して居たので在る。

 小さい頃から、1人で野外遊びをするのを得意として居た性質で在る。小学低学年の学校帰り道では、温泉場から流れる水路での魚獲りの道草中に、泥砂中からシジミが大量に出て来て、如何してこんな所に居るんだろうと、小さいながらもシンキングの自然対象と成った物で在る。
 兎に角、子供頃は田んぼ全盛期で、タニシ、ドジョウ、コブナ、カエル、カナヘビ、トカゲ、蛇、クイナ、ヒバリ・・・etcと、外に居るだけで退屈し無かった。

 団塊の世代は、或る意味、好い環境で育って居るので、現役の諸々の束縛から解放されると、そんな子供時代の遊び呆けて居た自然への回帰心が還って来るのだろう。人間とはそれぞれのステージが在る物で、遊ぶ時は遊んで、勉強する時は勉強をして、社会で学びを実践して、家庭を持てば父親としての範を垂れる。そして、世話に為った親の介護をして、見送れば、晴れて柵から解放の独り暮らしに進んで、人畜無害のマイリズム、マイペース、マイタイムで寂滅の時に幕を閉じる。

         これを称して、人生最良のステージと云わずして、何と呼ぶべきかで在る。
内面貧すれば、外に不満が昂じるのが、厄介な人間の心の性と云う物で在る。詮無き事に膠着するは神経の徒労でしか在るまい。君子危うきに近寄らずの詮無き鬼門を回避するのが、『凡人の生きる知恵』『学習効果』でも在る。
 生身の心の中には青い鳥も黒い鳥も同居して居るのが現実で在る。私は能力が無いから、『背伸びは怪我の元』と、自分に言い聞かせて居る次第で在る。

 本日は朝飯、朝風呂に浸かってから、スーパー、煙草買いに行って来れば好かろう。頁捲りをするも好し、偶には世界史朗読テープを聴くも好し、人類は繰り返すの歴史散策の時間とするも好しで在る。

         さてさて、駄文はこの位にして、朝飯タイムと致しましょうかね。へへへ。


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