長駄文館・・・潤いの雨は上がって。
- 2022/07/27
- 10:50
潤いの雨は上がっての、猛暑の中休み為り。(7/27/22)
おや、雨かる洗濯物は濡れて仕舞ったが、恵みの雨で在る。昨日は夕方冷蔵庫の補充にスパーで買い物をした帰りに、パンクをして仕舞ったので、本日の仕事はパンク貼りと煙草買いと決めて居たのだが、出鼻を挫かれて仕舞った。雨は終日の雨とは成らないで在ろうから、雨の恵みの方に価値が在ると云う物で在る。キリギリス達の餌のキュウリも暫く我慢をして貰うべしである。薄暗い小部屋り定位置に座っての、先ずはモーニングコーヒーと煙草の一服を燻らせながら、遠く近くのキリギリス達の声を聴く。
昨夜は面白そうなジェラシックパーク風洋画の貼り付けを見付けて、クリックした処、日本語字幕が有った物の、それが『機械翻訳』の酷さで日本語とは為って居らずに、途中で頭が、恰(あたか)も異物侵入の拒絶反応を来して仕舞い、こんな物と付き合って居たら、脳細胞が壊れて仕舞うと、早々にエスケープした次第で在る。
何でもかんでも便利簡単と迎合して仕舞ったら、民族・国民・地方のDNAとして組成されて居る大切な物が崩壊して仕舞う。そんな根源的な物の崩壊・風化の怖さを感知出来ない『愚』に嵌るだけで在る。日本語には、男言葉、女言葉、年齢言葉、書き言葉、話し言葉の多様性とTPOを踏まえた表現法が在る次第で在る。
そう簡単に、融通の効かない機械言葉が市民権を得ようなどとは、錯誤も事極まれりの『無知蒙昧の沙汰』で在る。ニャロメ!!
おやおや、意外と早く雨が止んだ物では無いか。私も炊飯器ONとして居るから、キリギリス達にキュウリを採って進ぜよう。ミニトマト、インゲンを採って来る。
瑞々(みずみず)しいキュウリに削り節の補充として各ケースに入れて遣る。キュウリと削り節でキリギリス達は丸々として居る。削り節のタンパク質、カルシウム、塩分、キュウリの水分が、彼等のバイタリティの活力源と為って居るので在ろう。私の夏の友・キリギリス飼いは、小学生時分から馬鹿の一つ覚えでそうで在る。この歳に為って見ると、意外や意外で、理に適った飼育法だった訳で在る。
ゴミ出しをして来て、息抜きにインゲンと家庭菜園収穫物のジャガイモの小粒を選んで、甘辛く煮締めて置く。これで朝飯の好いおかずが出来た。
通勤帯の始まって娑場で在る。曇天の雨上がりの空と空気に、小部屋からの庭は鬼ユリの橙の花盛りで在る。マンジュシャゲの花茎が2本顔を出して来た。天然のジョロ散水効果は、覿面で在る。曇天の無風ながら、青々とした緑の蘇りと地面の濡れは、何とも好い風情を醸し出して、四畳半、廊下、小部屋のキリギリス達の鳴き交わしが、気分的に広がりを感じさせて呉れる物で在る。あばら家では在るが、独りで暮らすには充分過ぎる贅沢さと云えようか。
宇都宮の親方さんでは無いが、無為自然の流れの中に生活をして居る環境を直に見て、感じて、私の雰囲気、文章、戯画廊の様々な絵を観て、『然も在りなむ』の兄弟関係を感じ取ったそうで在る。アハハ。
打ちたい纏まった想念は在るが、それは何時かの打ち出しとして隠し玉にして置けば好い。
適当な処で飯にして、パンク貼りに取り掛かるか、飯の前にパンク貼り、試運転で煙草買いをして来てからの飯とするか。全ては気分次第で好かろう。気温の涼しさで在るから、この何日か、逃げて居る頁進めなどをして、身体休めをするも好しで在る。へへへ
おやおや、ミンミンゼミが鳴き始めて来た。庭に黒アゲハで在るからして、飯前にパンク貼りをすベしで在ろうか。お天道さんも中々にして、人使いが荒い様で在る。
古希坂爺のパンク貼りで在るから、最初に使用する物の添えから始める。蚊取り線香も炊いてのヨッコラショ仕事をスタートさせる。チューブ出しこそ手間取ったが、意外や意外で、事はスンナリ運んで試運転方々の煙草買いをして来ての熱々飯での朝食を終えての、後はオールマイタイム、マイリズムの運びと相成った。然しながら、雨が上がれば時間の経過と共に、蒸し暑さが遡上して来るのが夏と云う物で在る。
これを以って、やれやれと称すそうな。
おや、雨かる洗濯物は濡れて仕舞ったが、恵みの雨で在る。昨日は夕方冷蔵庫の補充にスパーで買い物をした帰りに、パンクをして仕舞ったので、本日の仕事はパンク貼りと煙草買いと決めて居たのだが、出鼻を挫かれて仕舞った。雨は終日の雨とは成らないで在ろうから、雨の恵みの方に価値が在ると云う物で在る。キリギリス達の餌のキュウリも暫く我慢をして貰うべしである。薄暗い小部屋り定位置に座っての、先ずはモーニングコーヒーと煙草の一服を燻らせながら、遠く近くのキリギリス達の声を聴く。
昨夜は面白そうなジェラシックパーク風洋画の貼り付けを見付けて、クリックした処、日本語字幕が有った物の、それが『機械翻訳』の酷さで日本語とは為って居らずに、途中で頭が、恰(あたか)も異物侵入の拒絶反応を来して仕舞い、こんな物と付き合って居たら、脳細胞が壊れて仕舞うと、早々にエスケープした次第で在る。
何でもかんでも便利簡単と迎合して仕舞ったら、民族・国民・地方のDNAとして組成されて居る大切な物が崩壊して仕舞う。そんな根源的な物の崩壊・風化の怖さを感知出来ない『愚』に嵌るだけで在る。日本語には、男言葉、女言葉、年齢言葉、書き言葉、話し言葉の多様性とTPOを踏まえた表現法が在る次第で在る。
そう簡単に、融通の効かない機械言葉が市民権を得ようなどとは、錯誤も事極まれりの『無知蒙昧の沙汰』で在る。ニャロメ!!
おやおや、意外と早く雨が止んだ物では無いか。私も炊飯器ONとして居るから、キリギリス達にキュウリを採って進ぜよう。ミニトマト、インゲンを採って来る。
瑞々(みずみず)しいキュウリに削り節の補充として各ケースに入れて遣る。キュウリと削り節でキリギリス達は丸々として居る。削り節のタンパク質、カルシウム、塩分、キュウリの水分が、彼等のバイタリティの活力源と為って居るので在ろう。私の夏の友・キリギリス飼いは、小学生時分から馬鹿の一つ覚えでそうで在る。この歳に為って見ると、意外や意外で、理に適った飼育法だった訳で在る。
ゴミ出しをして来て、息抜きにインゲンと家庭菜園収穫物のジャガイモの小粒を選んで、甘辛く煮締めて置く。これで朝飯の好いおかずが出来た。
通勤帯の始まって娑場で在る。曇天の雨上がりの空と空気に、小部屋からの庭は鬼ユリの橙の花盛りで在る。マンジュシャゲの花茎が2本顔を出して来た。天然のジョロ散水効果は、覿面で在る。曇天の無風ながら、青々とした緑の蘇りと地面の濡れは、何とも好い風情を醸し出して、四畳半、廊下、小部屋のキリギリス達の鳴き交わしが、気分的に広がりを感じさせて呉れる物で在る。あばら家では在るが、独りで暮らすには充分過ぎる贅沢さと云えようか。
宇都宮の親方さんでは無いが、無為自然の流れの中に生活をして居る環境を直に見て、感じて、私の雰囲気、文章、戯画廊の様々な絵を観て、『然も在りなむ』の兄弟関係を感じ取ったそうで在る。アハハ。
打ちたい纏まった想念は在るが、それは何時かの打ち出しとして隠し玉にして置けば好い。
適当な処で飯にして、パンク貼りに取り掛かるか、飯の前にパンク貼り、試運転で煙草買いをして来てからの飯とするか。全ては気分次第で好かろう。気温の涼しさで在るから、この何日か、逃げて居る頁進めなどをして、身体休めをするも好しで在る。へへへ
おやおや、ミンミンゼミが鳴き始めて来た。庭に黒アゲハで在るからして、飯前にパンク貼りをすベしで在ろうか。お天道さんも中々にして、人使いが荒い様で在る。
古希坂爺のパンク貼りで在るから、最初に使用する物の添えから始める。蚊取り線香も炊いてのヨッコラショ仕事をスタートさせる。チューブ出しこそ手間取ったが、意外や意外で、事はスンナリ運んで試運転方々の煙草買いをして来ての熱々飯での朝食を終えての、後はオールマイタイム、マイリズムの運びと相成った。然しながら、雨が上がれば時間の経過と共に、蒸し暑さが遡上して来るのが夏と云う物で在る。
これを以って、やれやれと称すそうな。
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