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長駄文館・・・当たらぬは、天気予報為り。

                 当らぬは、天気予報為り。(9/24/22)
 川の様子を見て来ると、笹濁り程度の通常よりも3倍程度の増水で流れ下って居る。台風の大雨は、予報と違って大した事が無くて、好かった次第で在る。ラジオを聴いて居ると、未だ大雨の危険が在るそうな。気温も昨日とは違って、この時季の戻りと成って居る。明日は、全国的に晴れるとの由。

 昨日の雨は閉じ籠もりで、時間の余裕と為ったので、モヤモヤを整理しつつ、私為りの切り口で、2か所程メモに纏めて備忘録に手書き加入をさせたり、備忘録ドキュメントにPC清書をした次第で在る。
 本の内容は一切動かないが、読む側に知識が増して来ると、今まで素通りで気付かなかった箇所に頷いたり、別アングルからの関連、相関が見えて来て、そのモヤモヤにメスが入って来る物で在る。歴史本5冊の通読ローテーションと立体映像としての世界地図の映像群、雑多な外国映画を観て、活字、映像、
 毎日のニュースなどを聴いたりして居ると、それらが連動して、それらが互いに補完関係を見せて呉れる。それが、世界史ライフワークの面白さと云う事なのだろう。

 昨日は寒さで転寝(うたたね)でも、風邪を引かない様に毛布を掛けて居たから、微睡(まどろみ)の回数が多く、晩飯後は動画観で1時過ぎまでの『夜更かし』と為って仕舞った。中学生時分から、男の生き方の見本として、バート・ランカスターの映画を観続けて来た。洋画コーナーには、そんなランカスター物が並んで居る。

           動画の貼り付けに、観た事の無い映画を見付けて、クリックする。
 1960年代の字幕無しの白黒映画で在る。娯楽作品、社会派作品をバランス好く演じ分けた世界的男性派の大スターが、バート・ランカスターで在る。大スターとも為れば、脚本、監督、共演陣も重量級の男優、女優が映画に深味を出して居る。
 そして映画は、その時代を映して社会問題を提起して呉れる。スクラップ&ビルドが進む都界の高齢化と貧困化の進むスラム街に、ティーンのチンピラ集団が我がもの顔で闊歩して、暴力と脅迫をして練り歩く。そんな三人組一派が殺人を犯す。その裁判のストーリーで在る。ランカスターは、陪審員裁判の検事役でサバランスは、彼の合い棒役、ウィンターは三人組の見所の在る一番下の少年の母親役で在る。

 シェリー・ウィンター、テリー・サバランスの共演を観て居ると、他作品でのこの二人の共演が在って、長い間の仕事仲間と云う事が垣間見えて来て、仕事仲間に就いての、想像も拡がる。
 大事な仕事仲間で居られると云うのは、気心と云う相互の信頼関係が根底に通って居ると云う事で在る。

 ランカスター作品には、外れが無い。私は観察が趣味で在るから、言葉は理解出来無くても、表情、語気を読む事が出来るから、映画を鑑賞するには、そう苦には為らない耐性を持って居る次第で在る。

 映画が終わって、寝ようと思ったが、他にも貼り付けが在ったので、如何しても寝れずに、『続行』と為って仕舞った。

 動画は大スターの『評伝構成』と為って居て、その生い立ちから俳優人生を作品で振り返ると云う物で、仕事仲間の製作者、脚本家、監督、俳優、女優達が、ランカスターを語ると云う物で在った。
 辛うじて英語が分かったのは、ランカスター、カーク・ダグラス共演のOK牧場の決闘に、ランカスターの恋人役で共演した往年の美人女優さんの『二人とも、ハンサムでストロングマンだった』と云う英単語だけで在った。

 作品群の中にはアパッチ、旅路、大列車作戦、家族の肖像、追跡者、などの秀作が入って居なかった事は残念で在ったが、ランカスターファンとしては、好い動画出会いで在った。

 閉じ籠もり生活で、人付き合いも極々限られた者しか居ないので、映画感想を交換する機会も無い次第で、寂しさを感じる次第で在る。学校時代は国語の時間の読書感想文を聞いたり、美術の時間で相互の絵の感想を聞くのが好きだった。

「ほぅ、○○男、○○子は、そんな風に感じて居たのか。成る程、感受性のアングルが違うんだ。人間は成績の良し悪しじゃ無い。感受性で決まるんだ。良い物を持って居る者は大事にしなくちゃ行かん。教師は解ってるのか。」

       そんな教室観察をして居た物で、その後の観察人生を続けて来た様で在る。
 先日のHモーターズさんに顔を出した処、途中から友人さんが来られて、入信?して居ると云う友人さんが、新興宗教の長野詣での件で、縷々話して居たのだが、宗教に就いての世界史知識は、それなりに持って居ると自負はして居るが、教義には殆ど無関心の不信心者で在る。
 人間の作った宗教なので在るから、『そう云うご意見も在るでしょう』の距離を置いての対宗教観を持って居れば、『宗教に取り付かれずに済むのに』と感じて居るのだが、人間は心に淋し過ぎる物が在るのだろう。

 それが他人、組織に頼る依頼心を助長して仕舞うのだろう。教会と云う『共同の居場所』を求めて仕舞う、心淋しさが共通して居る集団と見て好いのだろう。程度の違いこそ在れ、教義にのめり込んだら、その時点で『思考停止』で教義・組織に隷属して仕舞うのが、人間の性の一つで在る。

 人間の体は心臓で動いて居るのと同時に、頭で取捨選択の行動をして居るので在るから、思考停止で在っては、身心のバランスが保たれないと思う。諸々を取捨選択して脳に体に摂取して、自己判断を間違えない様にして行く『自分軸』を作って置かないと、中道域は歩けない仕組みと為って居るのかも知れない。

 おやおや、お天道さんが照って来た。さてさて、淀んだ空気の一掃に、全戸開放をして参りましょうかね。


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