長駄文館・・・起きれば、本日は風日為り。
- 2022/10/04
- 16:54
起きれば、本日は風日為り。(10/4/22)
起きれば、本日は風日で在る。全戸開放で柿の落ち葉を見遣れば、大分落ちて居る。妖怪様の月命日で在るから、昨日買って置いたお供え物をしてのご挨拶としてから、炊飯器ON、小部屋入りしてのモーニングコーヒーとする。仏間からは、線香の匂いが流れて来る。幾分の白雲の流れでは在るが、快晴のお天道さんのお出ましで在る。
遺憾いかん、結構な風の強さで在る。全開放から、絞り開放に変えて来るべしで在る。
ラジオからは、北朝鮮による弾道ミサイル発射報道が、繰り返し報道されて居る。コロナが慢性化して仕舞えば、次の目玉を求めてのニュース作りなのだろう。コロナ、ウクライナ、弾道ミサイルもニュース原稿の大枠が決まって居るから、変動数値を入れるだけのワンパターンの繰り返しで在る。定型化、画一化は数値世界の大道なのだろうが、生身の人間感性からすると、面白味に欠けて、耳を素通りして行くだけの日常光景の一駒の様で、真に頭の歩留まりが鈍く為る。いやはや、困った次第で在る。
ラジオを洋楽に替えての長いモーニングタイムを終えて、朝飯とする。
飯を終えて、定位置の小部屋に座れば、お天気さんは下り坂傾向で、南から北へ雲の覆いが増して行く空で在るし、地上の風も結構な戦ぎと成って居る。窓を開ければ風の吹き込み、締めればお天道さんの差し込みで暑い次第で在る。
最後の一匹のメスキリギリスは、真に元気で在る。メスが鳴かないのは、羽根に突起物が無いから、バイオリン弾きが出来ないとの由。ラジオの子供科学相談で、教えて貰った次第で在る。
息抜きに庭降りして、柿の実を見遣れば、早くもヒヨドリの啄みが在る。左様で在るかで、その横の柿を砂運びのバケツを踏み台に、一つ捥ぎ取って見る。ずっしりとした黄橙の甘柿の実で在る。齧れば太陽の熱で、成程、ヒヨドリが突つくのも無理からぬ熟しの回りで在る。一つ頬張りながら、一段と色を増す渋柿の鈴生りを見る次第で在る。
日曜日辺りに、試験用に、幾つか採って皮剥きをすれば、熟しの目安の糖分の回りが実感出来るし、一連程を吊るして様子見をして置く必要が出て来た次第で在る。
日陰の庭石に腰掛けて今季の初物を食べて居ると、チィチィと先頃、巣立った幼鳥のくすみを残したシジューカラ兄弟が二羽が来庭して来た。庭の茂みの中を昆虫捕食に飛び回って居る。私の存在など眼中に無い様子で、直近では1.5m程に近付いての茂み渡りをして居る。
日陰に吹く風と太陽の熱が程好くマッチして、そんなシジューカラ兄弟の姿を眺めて居た次第で在る。
上はTシャツとして居るが、この時間帯だと散歩に出るには暑過ぎる気温で在る。未だ10時を回っただけの時間の浮きと為って仕舞った。落合本を読むには、些か早過ぎる。面白い本ばかりを進めて仕舞うと、面倒なライフワークの頁進めに支障を来して仕舞う。
ローテーションとしては、『教養人の世界史・上』の開きとするか。で在る。
その前に、台所遊びで一品作って置くと致そう。何事も作って置けば、楽が出来るし、買って来た物の整理も付くと云う物で在る。要領、コツが分かって来れば、時間短縮も失敗作も削減されて来て、何かとマイタイムが増えて来ると云う物で在る。従って、吾が方丈の暮らしも、自然と同化して、益々の人畜無害の土に還る身の丈人生と云う物で在る。
気持ちの好い廊下で、手作りの佃煮物を小皿に取り、缶ビールを開けながら頁を何頁か進めて居る内に、すっかり気持ちが好く為って、小一時間の転寝をして来る。さて、眠気一掃で続きを進める。今日は何度もシジューカラが来て居る。
目を通して居る内に、これは遺憾いかんの新アングルに気付いた。早速備忘録に書き込む。覚え方を間違えると、碌な事が無い。一応備忘録には印字されて居るが、『理解の仕方・必然の方向』が間違って居た次第で在る。いやはや、何年も遣って居るのに、物が見えて居なかった『ボンクラ頭』を恥じ入る次第で在る。へへへ。
3時で在るか。本日分ブログをアップして、頭の備忘録修正に散歩をして、間違いな気様に整理整頓タイムとして来るべしで在る。
散歩の友は、古代オリエントのグロバリゼーション化と題して、旧勢力への印欧語族フルリの大民族移動期と第二波の海の民、アーリア人の入印、ギリシア人の二波に及ぶ南下、中国の魏晋南北朝、五胡十六国時代・・・etcは異民族大侵入期に於ける混沌の時代は、さながらに現代のワンワールドVSナショナリズムの前映の様でも在るし、歴史は繰り返すの証左でも在ろう。従って、過去・現在・未来の通し絵とも為る次第で在る。
この行に差し掛かって居ると、缶コーヒー持参のSが、廊下からお~い、お~いの声で在る。
起きれば、本日は風日で在る。全戸開放で柿の落ち葉を見遣れば、大分落ちて居る。妖怪様の月命日で在るから、昨日買って置いたお供え物をしてのご挨拶としてから、炊飯器ON、小部屋入りしてのモーニングコーヒーとする。仏間からは、線香の匂いが流れて来る。幾分の白雲の流れでは在るが、快晴のお天道さんのお出ましで在る。
遺憾いかん、結構な風の強さで在る。全開放から、絞り開放に変えて来るべしで在る。
ラジオからは、北朝鮮による弾道ミサイル発射報道が、繰り返し報道されて居る。コロナが慢性化して仕舞えば、次の目玉を求めてのニュース作りなのだろう。コロナ、ウクライナ、弾道ミサイルもニュース原稿の大枠が決まって居るから、変動数値を入れるだけのワンパターンの繰り返しで在る。定型化、画一化は数値世界の大道なのだろうが、生身の人間感性からすると、面白味に欠けて、耳を素通りして行くだけの日常光景の一駒の様で、真に頭の歩留まりが鈍く為る。いやはや、困った次第で在る。
ラジオを洋楽に替えての長いモーニングタイムを終えて、朝飯とする。
飯を終えて、定位置の小部屋に座れば、お天気さんは下り坂傾向で、南から北へ雲の覆いが増して行く空で在るし、地上の風も結構な戦ぎと成って居る。窓を開ければ風の吹き込み、締めればお天道さんの差し込みで暑い次第で在る。
最後の一匹のメスキリギリスは、真に元気で在る。メスが鳴かないのは、羽根に突起物が無いから、バイオリン弾きが出来ないとの由。ラジオの子供科学相談で、教えて貰った次第で在る。
息抜きに庭降りして、柿の実を見遣れば、早くもヒヨドリの啄みが在る。左様で在るかで、その横の柿を砂運びのバケツを踏み台に、一つ捥ぎ取って見る。ずっしりとした黄橙の甘柿の実で在る。齧れば太陽の熱で、成程、ヒヨドリが突つくのも無理からぬ熟しの回りで在る。一つ頬張りながら、一段と色を増す渋柿の鈴生りを見る次第で在る。
日曜日辺りに、試験用に、幾つか採って皮剥きをすれば、熟しの目安の糖分の回りが実感出来るし、一連程を吊るして様子見をして置く必要が出て来た次第で在る。
日陰の庭石に腰掛けて今季の初物を食べて居ると、チィチィと先頃、巣立った幼鳥のくすみを残したシジューカラ兄弟が二羽が来庭して来た。庭の茂みの中を昆虫捕食に飛び回って居る。私の存在など眼中に無い様子で、直近では1.5m程に近付いての茂み渡りをして居る。
日陰に吹く風と太陽の熱が程好くマッチして、そんなシジューカラ兄弟の姿を眺めて居た次第で在る。
上はTシャツとして居るが、この時間帯だと散歩に出るには暑過ぎる気温で在る。未だ10時を回っただけの時間の浮きと為って仕舞った。落合本を読むには、些か早過ぎる。面白い本ばかりを進めて仕舞うと、面倒なライフワークの頁進めに支障を来して仕舞う。
ローテーションとしては、『教養人の世界史・上』の開きとするか。で在る。
その前に、台所遊びで一品作って置くと致そう。何事も作って置けば、楽が出来るし、買って来た物の整理も付くと云う物で在る。要領、コツが分かって来れば、時間短縮も失敗作も削減されて来て、何かとマイタイムが増えて来ると云う物で在る。従って、吾が方丈の暮らしも、自然と同化して、益々の人畜無害の土に還る身の丈人生と云う物で在る。
気持ちの好い廊下で、手作りの佃煮物を小皿に取り、缶ビールを開けながら頁を何頁か進めて居る内に、すっかり気持ちが好く為って、小一時間の転寝をして来る。さて、眠気一掃で続きを進める。今日は何度もシジューカラが来て居る。
目を通して居る内に、これは遺憾いかんの新アングルに気付いた。早速備忘録に書き込む。覚え方を間違えると、碌な事が無い。一応備忘録には印字されて居るが、『理解の仕方・必然の方向』が間違って居た次第で在る。いやはや、何年も遣って居るのに、物が見えて居なかった『ボンクラ頭』を恥じ入る次第で在る。へへへ。
3時で在るか。本日分ブログをアップして、頭の備忘録修正に散歩をして、間違いな気様に整理整頓タイムとして来るべしで在る。
散歩の友は、古代オリエントのグロバリゼーション化と題して、旧勢力への印欧語族フルリの大民族移動期と第二波の海の民、アーリア人の入印、ギリシア人の二波に及ぶ南下、中国の魏晋南北朝、五胡十六国時代・・・etcは異民族大侵入期に於ける混沌の時代は、さながらに現代のワンワールドVSナショナリズムの前映の様でも在るし、歴史は繰り返すの証左でも在ろう。従って、過去・現在・未来の通し絵とも為る次第で在る。
この行に差し掛かって居ると、缶コーヒー持参のSが、廊下からお~い、お~いの声で在る。
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