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長駄文館・・・『数字の引力』為る語を知る為り。

               『数字の引力』の語を知る為り。(11/19/22)
 昨日は自棄(やけ)に眠たいと思ったら、何の事は無い。昼寝カットで在った。そんな次第で早や寝の段で、目が覚めれば未明の暗さで在る。
 11月も下明日から旬に差し掛かるからして、早寝早起きはしない方が、体質的に無難で在る。世界にはサマータイム、ウィンタータイムをして居る国も在る次第で、昼行性動物の理に適って居る流れで在ろう。植物、動物に在っては、冬眠のサイクルとて在る次第で在る。

       これを称して、自然のサイクルと云うそうな。別段、気にする事勿れの段で在る。

 ラジオ体操のお時間が過ぎたから、ラジオONとすればサタデーエッセイとやらで、余裕に就いて作家さんが話をされて居た。数字の引力とやらで省力化が進むと、あれもこれもと数字に換算して、益々余裕を無くして行くのが便利簡単社会との見立てで在った。作家さんだから『足るを知る』とか『不便益』の言葉を使って、数字の引力から脱する悠々自適の進めを言うのかなと思って居たのだが、数字の引力に終始して仕舞ったエッセイで在った。論旨は、便利簡単快適が却って余裕の足を引っ張って居る結果と為って居るとの御指摘で在った。

 お役御免の田舎独り暮らしの、オールタイムがマイペース、マイリズム、マイタイムの耳には、都界のコンクリートジャングルの齷齪した生活空間が快適便利に偏重して居るが為に、数字の引力の『罠』に嵌って居ると考えて仕舞う次第で在る。

 人間も元を辿れば、自然の大地から生まれた存在であるから、自然との距離が遠のけば遠のく程に、人間は無機質に近付く。無機質に向かう精神に一見客観的尺度としての数式化頭脳が大手を振って、数字の引力で人為的需要の創出と刷り込み合戦をして居る構造と云った処なのだろう。
 自然の大地を五体・五感の肉体に、簡単便利快適の都会生活を精神と置き替えて考えれば、肉体と精神の齟齬が進んで居るのが、文明依存症の病理の為せる余裕の無さを生じさせて居るのかも知れませんぞえ。へへへ。

  然しながら、『数字の引力』と云う説得力の在る言い回しを知った次第で在るから、早起きは三文の得で在った。

 朝日も昇って、本日は雲の多い空模様で在る。軒下に洗濯物、硬大根の並んだ干し台、廊下には季節の蜂シクラメンの紅と白が取り入れた冬越しのアザレア3鉢との対照を見せて居る。熟し柿用の柿の積みから一つ取り出して、甘露吸いに供し様と揉みを施して置く。

 飯前の小腹の空きに、吊るし柿と大粒レーズンを口に、2杯目の熱いコーヒーを飲みながらのラジオ聴きとする。

 さてさて、本日は何をすると致そうか。昨日は個人スーパーで面白い物を見付けた。鰺を三枚に下ろした中骨が100円で売って居たから、これは遊べると買って来た。鰺の開きをこんがり焼いた頭、骨、皮を味の素、醤油で熱湯を注いだスープは好い出汁が出て、魚派の私の好物とする処で在る。
 そんな次第で中骨をこんがり焼いて、味の素、昆布茶、山椒醤油、黒砂糖を少々で煮詰めて自家製スープとした。賄い夫10数年のキャリアで、目論見通りの和風出汁の結果と相成った。

 この処、兄弟で病み付きと為って居る田作りの青山椒実の佃煮は、先日弟がタッパ毎持って行って仕舞ったので、買って来て私用に昨日作った出汁で作るべしで在る。
 市販品の諏訪湖の小振りワカサギを、から揚げして甘辛く佃煮とした好物が在るが、それと比べると、爺の舌には田作りの『苦味』が何とも癖に為って仕舞うから、人間の味覚とは不思議な物で在る。

 晩酌派のブロンソンさんに試食させた処、欲しいとの事で在ったが、これは弟の分として、作り方を伝授した次第で在る。私を含めて3人は、『団塊世代の舌の持主』で在る。お袋の味=手作りの家庭味で育って来た世代で在るから、画一的名産の味より、郷愁の味に親和性を感じて居るのだろうと思われる。

 簡単便利快適の効率の商業ベースから産出された市販品物よりも、見て呉れは劣るが、自然の中での時間と手間を掛けた物の方が、熟成の味が滲み出て来るのが自作品で在る。

『時間の引力』とのお話に、これには表と裏の引力作用が在るのだろう。その場次第の自由打ちが、私の手法で在る。本日は何を打とうかの思いも無く、ぶっつけ本番のマンネリ日常のスケッチ集が、吾が長駄文館の存在意義とする次第で在る。

           これを称して、戯け爺のマスターベーションと云うそうな。へへへ。


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