fc2ブログ

記事一覧

長駄文館・・・テロップにタイムバックするべし為り。

           さて、起床時のテロップにタイムバックするべし為り。(7/2/17)
 目覚めの時に好い切り口が浮かんだので、それを膨らませて中国私見を打って見ようと考えた。そんな次第で、頭の中身が雨散霧消しない前に、確り掃除をして朝飯を食べて、旧PCに向かおうと台所に行くと、床が濡れて居るでは無いか。

 アッジァ、丸型の漬け物容器にヒビが入って、底から梅漬けの汁が漏って居ると云う事態で在る。今年は生りが少ないから、適当な容器は無い。大は小を兼ねると云っても、重しの関係で、それはマッチしない。為らば、福島原発の地下水流入防護の凍結防護壁の応用で在る。剪定ゴミの袋なら厚みも在るから、それを丸容器の内袋に使うべしで在る。

 同じ失敗を繰り返すのは、馬鹿の遣る事と『頭にゲンコツ』が親父の代からの慣わしで在った。普通の薄手のごみ袋を中に入れて、二重の防護壁とする。台所の床を拭いて後に、浸み込んだカーペットの汁吸いに新聞紙を重ねる。それで台所、梅漬け容器の後始末、養生をして、台所から掃き掃除を開始する。

 いやはや、起床開始から『てんわやんわ』で、頭の中身が吹っ飛んで仕舞った。『災難は、忘れた頃に遣って来る。』とは、この事で在る。

 昨日は雨の合間を見て、紫蘇の葉毟り、剪定した梅の枝をゴミ袋に押し込んだり、水揚げした梅を塩でゴロゴロ転がし、紫蘇の葉をギュウギュウ塩で三回揉み混んで、丸容器に入れて重石を掛けて、ちょこちょこ重しの沈みの速度に満足して居たのだった。夜の重し調整時には、別段の異状は無かった次第なので在る。いやはや、参った。

           平常モードに移るべしで、庭の様子見をしに廊下から下りる。

 枇杷の実を数個毟って、皮を剥いて口に入れたり、鋏で込み入ったキュウリ、トマトの葉をカットしたり、川の流れを見て来ての二畳小部屋でのモーニングと節煙煙草の一服をする。

 本日は、暑く成るとの予報で在った。私の飯は未だで在るが、水槽住人達の餌撒きをして来る。足元の水草繁茂する睡蓮鉢には、稚魚二匹が目認出来る。薄い雲の中に生まれたばかりの様な薄い青空が見えて来た。

 さてさて、冷や飯を噛み締めながら、寝起きのテロップを思い出して、タイムバックをすると致そうか。何やら、日曜日の朝にも拘らず、疲れて仕舞った。とほほ為り。

       何、その前に、常連雀が『私達にも、餌を頂戴よ。』・・・で在るか。

 すっかり遅く成った朝食後は洗い序に、流し、ガスコンロ、ガス台の汚れ落としをする。起床時のテロップも復活したので、メモ書きしてガス台カヴァと食材の買い出しにホームセンター、大手スーパーに自転車で行く。

 昨日の雨で干上がった流れが、復活して居る。休みの子供達が網で魚採りをして居るが、其処は雨が降るまでは干からびて居たのだから、そう簡単には魚は居まいに。大手スーパーのレジには好みのマルポチャの奥さんスタップがお出でで在るから、その列に並んで声掛けをして来る。へへへ。

 薄曇りから差すお天道さんは蒸し暑い。上り勾配の一本道、これも運動の一環で在る。ヒィ~コラ、ヒィ~コラと重いペダルを漕ぎ上げて帰宅で在る。ズボンを短パンに履き替える。

 昼は孫の祝いで持って来て呉れた餅を焼いて、辛子味噌を載せて食べる。これで二回目で在るが、米と味噌は真に相性が好い。海外では日本食が流行りと云うが、焼餅と辛子味噌の紹介は未だの様で在る。納豆にもファンが付いて居ると云うし、味噌スープも専門店が在るとの由で在る。その内、ネットの時代で在るから、日本の辛子味噌のレシピが登場するのだろうう。あはは。

             さて、本日の歴史備忘録を記して置くと致そうか。

 春秋戦国の混乱を制した蓁帝国も短命に終わって、春秋時代の尊王攘夷の相手で在った長江文明を引き継ぐ華南勢力と華北勢力の項羽と劉邦の激突は、別名『漢楚戦争』とも称される。漢楚戦争に勝利を納めた『途轍もない大袋』と称された劉邦の他者に対する許容力・包容力は、彼とその妻の時代に、次々と功臣達を倒して行き、『劉一族』で漢帝国を束ねて行く。そして劉一族だけに成った時に、一族間の争いで『呉楚七王の乱』が起こった。

 明代では「君側の奸を除いて、帝室の難を靖(やす)んず」の一族からのクーデター『靖難の変』が成功して、南海大朝貢貿易で大明帝国を世界に轟かせた名帝・永楽帝が誕生する。

 そして次の王朝・清帝国では、旧明臣の三将軍に『明を滅ぼした李自成』を討たせる。その功績により三将軍に国(藩)を与えるも、清の国力が整って来ると圧力を掛け、三藩の乱を起こさせ、滅ぼして仕舞う。そして清国こそが明帝国の正当な後継者として『改土帰流』の風を以って、圧倒的多数の漢民族支配と為した。

 漢、明ともに漢民族王朝で在る。そして宦官が大きな支配力を持った王朝とも云われて居る。郷挙里選・科挙制度による官僚よりも宦官が幅を利かせた王朝は漢・唐・明と云われて居る。
 自分が伸し上がるまでには、徹底的に回りを利用し尽くす。一度、自分が天下を獲れば、功臣・旧臣を次から次へと粛清して、憚(はばか)らない。地方有力者・貴族階層の手垢に紛れた学問優等生よりも、自ら去勢(玉無し男)して一心に、皇帝に胡麻をする集団の方が、何かと皇帝一門にとっては都合が良かったのだろう。

 赤い現王朝の祖・毛沢東もその道に徹した。大躍進号令の大失政によって国家主席を交替したにも拘らず、毛沢東語録を振り翳して毛沢東を連呼する少年少女隊を『赤衛兵の文化大革命』と称して、扇動し、自己批判の殺戮に走り、毛死後は元女優の妻・江清ら四人組がクーデターを起こした。

 一党独裁・個人独裁の弊害に懲りて、7人体制の多頭政を目した物の、古代ローマのシーザーの時代から、三頭政の合議制が巧く運ばないのが、顕示欲強き実力者の常で在る。

 チープレーバーを唯一の『国富強兵政策』として、世界の工場として上り詰めた巨大な『置き屋(=芸者=低賃金人民)経営』を為して来た中狂国も、賃金上昇で、その確たる低コストのメードインチャイナが作動しなくなって仕舞った。現代グローバル企業は、低コスト供給拠点を移し換えて世界を回るロプノール湖の様な蜃気楼を残して行くだけで在る。
※ロプノール湖=かつて砂漠の大オアシス都市国家を支えて砂漠の湖。時代と共に流れを替え、何時の時代にか砂漠に呑み込まれて仕舞った湖。

 一党独裁政体の共産党国の賞味期間は、尽き様として居る。現代ではそう簡単に世界戦争は出来無い時代と成って居る。ひたすらに共産党と云う『利権構造⇒嘗ての袁世凱の軍閥を彷彿とさせる共産党幹部の財閥構造』に胡坐を掻いて、自由主義経済の市場メカニズムを学ばずに、自分達だけが好い思いをする中国4000年の付けが、労働者の内需拡大の中間層の創設に失敗し、目先の利だけを追う企業体質が、未だに中国ブランドを持たない『組み立て工場』の域を脱して居ない旧態依然構造なので在る。

※この旧態依然なる思考回路は、明治維新と同時期の洋務運動、変法自強運動(立憲君主政)の歴史にも記されて居る次第でも在る。加えて云えば、扶明滅清、扶清滅洋とか、義和団の先頭を走ったのも、少年少女達だったと云うから、お札と毛沢東語録の違いだけでも同根の扇動運動に他ならない。『同根なるが故に、歴史は繰り返す。』理性的改革運動よりも、感情的運動の方が、中国の大地には脈々と『民流』として流れて居る様に思われる次第で在る。←こんな事を聞かれて仕舞えば、俺ぁ、南京袋に押し込まれて、『公開処刑』にされちゃいますから、何分ともご内密に・・・。

 中国4000年の歴史は、国民の観点の薄い人民観点だけで在るから、内部の不平不満から社会運動化に一挙に雪崩れ込むのが怖くて、人民に対しては『賄賂撲滅運動』でお茶を濁そうと考えて居るのが、見え見えでも在る。然しながら、その実の目的は、己が唯我独尊の為の同志・功臣の粛清に違い在るまい。

 そもそも論の『共産党一党独裁の利権漁り構造』が、国民・人民の最大の敵と云う事を知られるのが怖いから、元歌手を妻に持つ現主席は、近時の絶対的な個人崇拝の偶像・毛沢東足らんとして居るのだろう。元歌手の妻・イメルダ夫人を持ったマルコス比大統領の最後も、近過去の物で在った。

 以上、漢民族王朝の漢・明・現赤い王朝の毛沢東との漢民族の連綿と続く権力を握るまでは、回りを徹底的に利用する。一旦握った権力は、同志・功臣を根絶やしにして、吾が権勢の限りを尽くす。こんな歴史の共通項が頭を過った次第で在りまする。へへへ。


スポンサーサイト



コメント

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

アガタ・リョウ

Author:アガタ・リョウ
FC2ブログへようこそ!