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長駄文館・・・朝の一文為り。

                本日の一文為り。(2/6/23)
 さてさて、風邪も通り抜けて行った様で在る。本日は其れなりの霜降りは在るが、晴天の日差しで、 気持ちが好い朝で在る。回覧板を回して、薄目のコーヒーで小部屋モーニングとする。

 自分の身体を大切にする『自愛』と云う言葉が在るが、若い頃には気付かなかった自愛=自己管理と云う事が、古希坂独り暮らしを重ねて来る内に、そんな意味が解って来た次第で在る。自愛と自己管理は、目的に対する一手段では為るが、これも経験、体験に因る言葉解釈の様なのだろう。何事もそうでは在るが、人間は実際に経験して観ないと言葉の意味、本質に在る物が解って来ない生き物の様で在る。

 頬を撫でれば不精髭のザラザラ感で在る。娑場では週始でも在るし、飯を食べたら風呂に入って、スキッとさせて散歩方々の煙草買いをして来ると致そう。

 ラジオは騒々しいから、PCに挿入してBGMにすぎもとまさとの吾亦紅を聴いて見ると致そう。聴いて居ると、歌詞付きの3曲とメロディだけの物で構成されたCDと為って居る。

                   いやいや、しんみりして好いでは無いか。

 煙草が無くなって、四畳半に取りに行くと、未だ未だひんやりとして寒い空気で在る。小部屋は朝日とコタツで寒さは感じないが、結構な冷え込みが在った朝で在る。従って、外気の上昇には時間が掛かりそうで在るから、飯タイムは遅らせた方が好さそうで在る。

 読了して頭の歩留まりがどの程度なのか、頭のお浚いをしながら、庭を眺める。そうそうはヒヨドリ、雀達への餌提供も出来ぬ次第で、餌の無いにも拘わらず、ヒヨドリ、雀達が様子見に来る物の、無い事を知って飛び去って行く庭で在る。

 一度、人懐こいヒヨドリが居て、廊下を開けて置くと普通に入って来て、臆する事も無く平然として居て、冬に成ると庭出をして居る私の足元で、羽根を広げて雛が親鳥に餌をせがむ姿勢で鳴き疲れて往生した。
 四畳半横のコブシの木に営巣した巣の中から、頭を出して、四畳半に居る私を雛の内から認識して居たヒヨドリと思われる。鳥の刷り込みは好く知られて居る処で在るから、『それも在りなむ』の自然観察の一つで在った。巣立ちしても、庭出をして居ると、私を見付けて地面に遣って来る面白いヒヨドリとの関係で在った。

 或る意味、私にとっては自然の生き物は好い教材と為って居る。小さいながらも、庭は一つの世界を構成して居て、それが恰も種の小世界を見せて居て呉れる。春に成れば、小世界の住人達が、冬眠から覚めて姿を見せる。それがイトトンボ、アシナガバチ、チョウ達、アマ蛙、セミ・・・etcと馴染みの顔が姿を見せる。
 きっと、何十年と無く、庭で生まれ、庭に子孫を育んで来た小世界を形造って来た構図なのだろう。昆虫、動物、植物も同様の繰り返しを繋げて来た小世界なのだろう。その中にはヤモリも居るし、土中冬眠のウシ蛙も居たらしい。蛇は歓迎出来ないが、空間をシェアするには、異存は無い次第で在る。

 小世界と云えば、グッピィ達も、代替わりを順調に更新して居る様で、目、気分の保養と為って居る次第で在る。グッピィ世界の維持には命の水で、川水は欠かせない存在である。まぁ、命の水・川水に到達するまでは、何度もグッピィ全滅の憂き目を見たが、好い経験値で在った。

 さてさて、11時で在るか。本日分ブログの字数も好い塩梅に為って来た。飯、風呂で散歩方々の煙草買いをして来るには、好い頃合いと為って来た。

 浴後は散歩を止めて、自転車で米屋さん経由で煙草をコンビニで5つ買って来る。風邪去り、浴後の無風の晴天に、ジャンバーの背中が熱い次第で在った。昼は仏壇のお供え物で好かろう。


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