長駄文館・・・冷え込んで来た為り。
- 2023/03/04
- 13:58
冷え込んで来た為り。(3/4/23)
疲れた、昼寝をして居なかったから、寝るかで、日光浴をした寝床に潜り込んで、好い気持ちで眠りに入った。年寄りの早寝で在るから、或る程度に眠れば、自然と目が覚める。外の車音に多分、3時前後だろう。眠く為れば、何時でも寝れる身分で在る。ラジオ深夜便を聴けとの事だろう。起きると致そうかでの起床とする。
放送局の歌とやらで、面白くないので、テープに切り替えると音が出無い。昨日は作動したのに、信頼の置けない処が、流石に中国製と云った所以で在ろう。テープをソニーに替えて、ディーン・マーチンを聴く。
昨日は頑張って480頁を越したから、明日の読了に向けて弾みが着いたと云う感じで在る。兄弟は皆O型で、唯一のA型が私で在る。其れなりにA型には耐性が付与されて居るらしい。
落語表現では美人は三日もすれば『飽き』が来るが、ブスは三日もすれば『慣れる』から、女房にするには、見た目よりも人柄を選ぶが肝要との由で在る。
世界史を俯瞰すれば、体制も国家もオンリー・マイファーストで在り、利害優先の『呉越同舟』の外交、戦争協力が常で在る。昨日の友は、今日の敵、昨日の敵は今日の友で、何も墺と仏が『外交革命』と表記する西洋史でも在るまいに。
何事も無い平時ならば、歴史の舞台裏に頭が巡らない次第では在るが、新型コロナの世界蔓延が在ったり、ロシア・ウクライナ戦争、中狂情報が日々報じられて居る次第で在るから、それらにも世界史の歴史舞台の裏側では、活発な呉越同舟のオンリー・マイファースト合戦が繰り広げられて居るのだろうの『素人の勘ぐり』が働いて仕舞う次第で在る。
改訂版の自虐史観に満ちた日本記述に関しても、何回かの読み重ねをして居ると、過度な自虐史観の記述にもすっかり耐性が出来て来て、『左様で御座るか。それも一見解にして、一々取り上げる必要も無し。世の中、多種多様の歴史観が存在するので在るから、偏向歴史観に洗脳される必要など殊更在るまい』の『冷視態度』で読み進める事が出来て来た様で在る。
何事も中立の距離感を持って、両論併記では無いが、双方の言い分、見解を比較検討して観ないと『自分軸』は生まれて来ない物で在る。
これを称して、耐性の継続は力為りと云う『学ぶ人間の真理』と云うのだろう。
4時を回って、本日の最低気温はマイナス4℃との事で在ったから、大分冷え込んで来た。テープも終わった事でも在るし、トイレ序に半纏を着込んで来て、ノルマ達成に近づけるべき頁進めをして置くと致そうか。
小一時間を布団に戻っての夢見をして来ての、仏壇への月命日の茶、燈明、線香のチィ~、南無阿弥陀仏・南無阿弥陀仏を唱えての軽めの朝飯とする。
再び頁進めをして見るが、如何も落ち着かず、庭降りをして切枝のゴミ拾いなどをして居るとエンジン始動と為って来た。身体解しに川原に降りて、適当な石を二つ運んで来ての奥の庭通路の端に並べて見映えの好しとしたり、雑草の幼葉を引き抜いたり、小石拾いをしての息抜きタイムとする。陽気に恵まれると、矢張り息抜きタイムは外気の下が好く為って来る。従って、動くを以って楽しみとしたい次第で在る。吾が家の梅も漸く、莟が赤らん出来た。春は間近で在る。へへへ為り。
疲れた、昼寝をして居なかったから、寝るかで、日光浴をした寝床に潜り込んで、好い気持ちで眠りに入った。年寄りの早寝で在るから、或る程度に眠れば、自然と目が覚める。外の車音に多分、3時前後だろう。眠く為れば、何時でも寝れる身分で在る。ラジオ深夜便を聴けとの事だろう。起きると致そうかでの起床とする。
放送局の歌とやらで、面白くないので、テープに切り替えると音が出無い。昨日は作動したのに、信頼の置けない処が、流石に中国製と云った所以で在ろう。テープをソニーに替えて、ディーン・マーチンを聴く。
昨日は頑張って480頁を越したから、明日の読了に向けて弾みが着いたと云う感じで在る。兄弟は皆O型で、唯一のA型が私で在る。其れなりにA型には耐性が付与されて居るらしい。
落語表現では美人は三日もすれば『飽き』が来るが、ブスは三日もすれば『慣れる』から、女房にするには、見た目よりも人柄を選ぶが肝要との由で在る。
世界史を俯瞰すれば、体制も国家もオンリー・マイファーストで在り、利害優先の『呉越同舟』の外交、戦争協力が常で在る。昨日の友は、今日の敵、昨日の敵は今日の友で、何も墺と仏が『外交革命』と表記する西洋史でも在るまいに。
何事も無い平時ならば、歴史の舞台裏に頭が巡らない次第では在るが、新型コロナの世界蔓延が在ったり、ロシア・ウクライナ戦争、中狂情報が日々報じられて居る次第で在るから、それらにも世界史の歴史舞台の裏側では、活発な呉越同舟のオンリー・マイファースト合戦が繰り広げられて居るのだろうの『素人の勘ぐり』が働いて仕舞う次第で在る。
改訂版の自虐史観に満ちた日本記述に関しても、何回かの読み重ねをして居ると、過度な自虐史観の記述にもすっかり耐性が出来て来て、『左様で御座るか。それも一見解にして、一々取り上げる必要も無し。世の中、多種多様の歴史観が存在するので在るから、偏向歴史観に洗脳される必要など殊更在るまい』の『冷視態度』で読み進める事が出来て来た様で在る。
何事も中立の距離感を持って、両論併記では無いが、双方の言い分、見解を比較検討して観ないと『自分軸』は生まれて来ない物で在る。
これを称して、耐性の継続は力為りと云う『学ぶ人間の真理』と云うのだろう。
4時を回って、本日の最低気温はマイナス4℃との事で在ったから、大分冷え込んで来た。テープも終わった事でも在るし、トイレ序に半纏を着込んで来て、ノルマ達成に近づけるべき頁進めをして置くと致そうか。
小一時間を布団に戻っての夢見をして来ての、仏壇への月命日の茶、燈明、線香のチィ~、南無阿弥陀仏・南無阿弥陀仏を唱えての軽めの朝飯とする。
再び頁進めをして見るが、如何も落ち着かず、庭降りをして切枝のゴミ拾いなどをして居るとエンジン始動と為って来た。身体解しに川原に降りて、適当な石を二つ運んで来ての奥の庭通路の端に並べて見映えの好しとしたり、雑草の幼葉を引き抜いたり、小石拾いをしての息抜きタイムとする。陽気に恵まれると、矢張り息抜きタイムは外気の下が好く為って来る。従って、動くを以って楽しみとしたい次第で在る。吾が家の梅も漸く、莟が赤らん出来た。春は間近で在る。へへへ為り。
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