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長駄文館・・・さて、飯を食って寝直しとするか。

               さて、飯を食って寝直しとするか。(7/19/17)
 別に悩み事が在って眠れない訳では無いが、時には途中で目が覚めて仕舞って、寝帰りを打つだけで眠れない時が有る物で、困った物で在る。三時半頃から、そうこうして居る内に、夜が白んで来て仕舞った。喉が渇いたり、腹が空いて来たりで、処置無しで在る。毎日が日曜日で在るから、5時には大分間が有るが起きる事にする。PCに何か打って居ればその内に眠くなるだろう。こんな時は、年に何回かは有る物で在る。

 寝返りを打って居る時は、羊が一匹、二匹の数えをする歳でも無いので、世界史のお浚いをしたり、昨日のお浚いをしたりして居たのだが、一向に功を奏しなかった次第で在る。

 昨日のキリギリス獲りの時には、腹の大きなトカゲの一種カナヘビがチョロチョロしていて、珍しかったので何度か獲って来て『飼って見よう』との衝動に駆られた。然しながら、腹が大きいから、多分メスなのだろうと思い、メス一匹だけだと『不憫』だと思い、捕まえるのを抑えた次第で在った。こんな処が、きっと『加齢域』に入って居る証拠なのだろうと、苦笑して居たので在る。

 何年か前に、庭でカナヘビを見て、嗚呼、未だカナヘビが居るんだと思って嬉しく成った経験も在ったし、河川敷散歩の折にはニホントカゲを何十年か振りに見て、暫く見とれて居た事も在った。毒々しいと云えば毒々しく、奇麗と云うば奇麗な光沢の有るコバルト色彩とトカゲの尻尾切りと云われる程、千切れ易い尻尾を持ったトカゲで在る。
 餓鬼の頃は、そこいら中に居た小さな爬虫類で子供にとっては尻尾切りの遊び道具で在ったので、尻尾が途中で切れて居た物が多かった。其れほど、身近なトカゲだった。

 それが、今や希少種中の『貴重種』と成って仕舞ったので在る。それと比べると、私の鬼門種の蛇類はアオダイショウ、ヤマカカシ、シマ蛇、ジムグリとしぶとい日常種の位置を維持して居ると云う事なので在るから、困った連中で在る。

 まぁ、彼等にしてもネズミ退治と云う存在意義が在るらしいから、その有用性に文句ばかりは云えないので在るが・・・。

 5:45で在るか。本日は曇天の模様で在ろうか。些か涼しく、静かな物で在る。朝飯を食べて、睡眠不足解消の為に寝直すと致そうか。コーヒーだけだと、矢張り空腹は改善しないので在るからして。

 寝直して、再び仕切り直しとする。いやはや、暑さにキュウリが萎びて御座る。一応、ジョロ散水を施して置く。暑さで元気なのは、キリギリスだけで在る。鬼ユリの蕾も、早い物は赤味が差して来たし、土手花壇のグラジオラスにも蕾が付いて来た。

 さて、ネットニュースを見ると、相変わらずレンボー女史は『中狂人』を仕出かして居る。まぁ、どんなに衣装を替えたとしても、何ともはや、『出自は争えない』と云う事の解り易い程の解り易さで在る事か。
 ネットでのR4の文字使いに、不図、浮かんだ事では在るが、中狂・中国を端的に現わす言葉の一つに、人口最大、資源最小、欲望最大、道徳最低なる世界に冠たる『四最国』なんて云う私のお気に入りの表現が在る。

 其れを女史に当て嵌めれば、『口数最大、素養最小、自己顕示欲最大、品格最低』に落ち着いて、然ながら、出自は争えないの中華・夷荻・華夷の交代王朝の遺伝子満載の女史と云う事にも為ろうか。

 それに比べれば、私の毛無し、金無し、女無し、止めが甲斐性無しの『四無男』など、素直で可愛い物で在る。今では、三重国籍では無かったのかとの手厳しい意見も在る。普通の日本人なら、神経性脱毛症を発症する程の、目の虚ろさと頬の削げ落ちでは在るが、流石に『厚顔無恥の虚大国・嘘大国』を出自に持つだけの事は在る。それにしても書は体を表すと同様に、『人相は内面を現す』の典型的証左を見た次第で在る。ギャハハ!!

 こう打てば、次なる言葉運びとしては、こんな『自己顕示欲の権化』の様な元タレント女に、トップ当選、党代表に好くも投票出来た物だと感心し、欲に目の眩んだ民進党議員連の厚顔無恥さには、異界の女・ナターシャ様の『睾丸鞭』を炸裂させて、二度と再び再起不可の印付けに、『男の機能』を粉砕して貰いたい物で在る。

 男が睾丸を喪失した為らば、非を悔い改めて『閉門蟄居』するか、体制べったりの『宦官』で出直すしか在るまい。そう為れば、現野党に政権の芽は皆無なので在るから、自民党宦官に徹して占領64年もの長きに亘って米の占領置土産たる自縄自縛の憲法改正への先兵としての、栄え在るご奉公が出来ると云う物で在る。

 東京都民の国政並びに都政選挙に関しての攻撃を大々的に展開したいので在るが、私も長野県民、松本市民の一員で在る。県民並びに市民は、過去にとんでもない田中知事を二回も当選させ、先の参議院選挙では、参院国会中継での多動症男・杉山民進党議員を選出して仕舞った県民性並びに市民性を持って居るので、如何しても矛先が鈍る処なので在る。

『馬鹿に付ける薬無し、森の石松の馬鹿は、死んでも治らない。』と、講談・浪速節では、渋い声の名調子で唄われて居る。

 オッチョコチョイの向こう見ずの喧嘩早さで在っても、森の石松の親分想い、一家想い、強きを挫いて弱きを助ける任侠道・男気は、名も無き日本庶民には、拍手喝采の『森の石松像』なので在る。

 日本の歴史は、一人の天才が牽引して来た歴史と云うよりも、一君万民の、其々の部門、階層の万民が、それぞれの司つかさの下で役割を負担して、『人の和』で歴史を紡いで来た。その前史には悠久の1万2千年にも及ぶ大和民族の精神の揺籃期(ようらん期=ゆりかご期)・縄文文明を持って居た国柄で在る。『信じる事で育まれて来た人付き合い』の日本人の断絶無く繋がって来た文明文化が、『疑って取捨選択』して人付き合いを始めなければ為らない時代の到来で在る。

 疑って取捨選択の意味合いの中には、他人不信の他人は自分にとって利用価値が在るかどうかの、利用支配の自己顕示欲が根底に在ると思われる。西洋後のGive&Takeの利害均衡の同格同列関係との触り部分の一見合理的に見える裏側に潜む有利・不利の恒常化⇒支配と被支配の魂胆を見抜く『目利き』が必要で在る。

 他人に一切妥協せず厳しく追及するが、殊、自分に就いては黒を白と言い切る『毒亜の風』は、一刀両断に斬り去るのが日本刀の怜悧な持ち味だった筈で在る。力任せに唯振り回すだけのこけら脅しの青竜刀と日本力の原点に立ち還って、マスゴミの安倍下しの悪風をせせら笑う社会観察に対する日本庶民の常識・良識の健全さを示して貰いたい物で在る。へへへ。

 さてさて、盛んにキリギリス鳴く一時で在るか。シャワーを浴びて、汗の纏わり付く柔肌に皮膚呼吸の毛穴、汗腺を確保して、暑い午後を乗り切りましょうかね。買い物は涼しく成ってからで好かろう。へへへ。  


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