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長駄文館・・・本日、暑日の中休み為り。

                    本日、暑日の中休み為り。(7/23/17)
 お昼の現在は止んでは居るが、好い雨を頂戴した物で在る。気温もグンと下がり、窓を開けて居ると、短パンの脛が涼し過ぎる感じで在る。先程、河川敷に下りて川を見て来た。濁った水の増水程度だけで在り、纏まった雨に、河川敷の雑草、石垣斜面の駆除対象のオオキンケイギクが生き生きとした緑を重ねて居る。

 多少の雨気が在るから、また降って来るのだろう。そんな曇天で在る。涼しいので、この処の暑気疲れを感じて仕舞う次第で、本日、日曜日でも在るからして、休養日としては好い塩梅で在る。

                これを称して、古来より『天の恵み』と云う為りや。

 昨夜はトイレに行く時に、廊下のキリギリスケースに蹴躓いて仕舞い、雄の二匹が逃走して仕舞ったらしい。朝方は廊下で鳴いて居たから、気温が上昇して呉れば、その内にギース・チョンと鳴くのだろう。『鳴くまで待とう、逃げたキリギリス。』で行くしか在るまい。

 今年は、鳥籠落下で金華鳥が逃げたりで、今年の一文字は『逃』と云う事に成るのかも知れぬ。逃は減に通じる事なので、メランコリーを運ぶ次第で歓迎したくないのだが。

 ネットニュースには、平尾マサアキ氏の訃報が載って居た。79歳との由。この頃ではテレビは一切見ない日が続いて居るが、何時か氏が出て居る歌番組を見て、『すっかり老け込んで仕舞った。老衰期に差し掛かって居るなぁ。』と、人間の寿命に就いてのテロップが流れ、ご近所さんの80代、70代の人達の姿を思い起こして見て居た物で在る。

 総じて健康な人は、72~3までは、歳に抗して若々しく見えるのだが、その時期を過ぎると、あれよあれよと老け込んで行く。その最大の映りが、『細り』と傾きに依る体側の『バランス失調』と『身体の縮み』から来る老け込みの印象で在る。全体的な新陳代謝の衰えが、体調の好・不調が顔色・表情に現われて来る。これは人間を問わず動植物全般の生物の宿命で在るから、『不可避の生物現象』と云える。

 私も秋に成れば69で在る。散歩時は極力背筋を伸ばして、ガニマタ歩行を意識的に修正して、直行と歩調の一定さに心掛けて居る次第で在る。

 毎日が日曜日の親分無し、子分無しの独居生活をして居るから、概ね日々の生活リズムを維持する為に、習慣付けた時間帯を送る事にして、頭のボケ防止にはPC動画の討論番組、講演番組を見て、独りを幸いに『視聴者参加型の下衆の突っ込み』で、言葉発声をして言葉忘れの防止として居る次第で在る。

 まぁ、幾つまで続く人生かは知らぬが、矍鑠(かくしゃく)として表情豊かに語尾も明瞭だった『母親の99歳と4か月』に近付けられるかの身近な目標が在る。男と女の性差で、元より其処までの長生きはしたくは無いが、生きて居る以上は闊達にして『寂滅』の時を迎えたいと考えて居る次第で在る。
 そんな思いの中での昨日の孫の為の川プール作りも、実際、私には愉しい体力測定なので在る。川の中で在るから、浮力が働く。底の石を軍手を嵌めた手で、埋まった石を動かして、それを浮力を利用させて貰い、川止めの堤石に利用する。

 若い頃の血気盛んな頃は、荒事に胆力・腕力・運動神経の全てを駆使して、血の存在感を感じて居た物なのだが、現在のご時世では即・通報犯罪として『収監』されて終うから、それも出来ない御時世で在る。血の気の多い武闘派には、住み辛いの中で在る。

 或る意味、学問と云うのは『統計学的側面』が在る。統計学から結論付けられるのが、中央値と中央値を囲む上下の辺境値で在る。統計学を駆使して、全体を論理的に帰納させたものが、一応の客観値と云う理論構成を為すのが、多かれ少なかれ、人間が用いる通説・学説と云う事に為ろうか。

 荒っぽい言い方をすれば、1+1=2の定数化を前提とした理工的分野とは違って、同一規格の無い人間社会では、一律な数式で結論を得る事の出来ない変数で成り立つのが、人間娑場で在る。ベーコンとデカルトは、その有効分野で棲み分けをするのが、娑婆実態とも云えようか。

 従って加齢・老衰に於ける個人の変数に於ける人間の意思と肉体の習慣努力が、どれ程の結果差異を産む物か?との思いが在る。そんな魂胆から、その命題に就いて『自己実験・自己検証中』と云うのが、毎日が日曜日の独居暮らしの実験現場との側面も有して居ると云った次第なので在る。へへへ。

 新聞もテレビも読まず、見ずの生活をするように成って、理解出来た事は、何とテレビは動体視力と思考力を浪費させる物で在るか。嘗て、大評論家が、テレビは一億総白痴化の警鐘を鳴らして居た。実際は評論家が喝破した以上に、テレビの毒素側面は、『人間機能を『侵食』して居るの結論で在る。
 動く物を見て考えると云うエネルギーは、集中を要するから、考える以上の心身ともエネルギーを消費すると云う事で在る。それと比べると、聞くだけで済むラジオは、『ながら行為』が出来るから、エネルギー消費は、動体に対する静体との消費量でその差には、驚くほどの差異がる事に気付いた次第で在る。

 これから導き出される経験知・経験値としては、人間の心身には『緩急のインターバルが不可欠』と云う事に成り、メリハリを付けて生活するのが、『個人変数』を高める効果大と云う事に為ろうか。ギャハハ!!

 以上の推理からすると、毎日が垂れ流しに帰する情報洪水の中、○×の短絡的交通整理にばかりに狂走する『レッテル貼り』、『印象操作』見え見えの報道番組・報道バラエティ、報道寄席のテレビ界為る物は、丸で教室に於けるお騒がせ生徒の『多動症の映し』の沙汰で在る。

 そして、これらは頻繁に行われる新聞社・局によるアンケート調査結果と表裏一体の道具と化して、馬鹿馬鹿しい程の『マッチポンプ』の形で、『社会誘導』を蔓延させて居るので在る。本来、個人の変数が『社会の容量の大きさ』を示す筈の物が、個人から変数を外して、定数と為して、統計学主体の社会のマーケット化に拍車を掛けて居るのが、フェイクニュース為る手法で在ろう。

 それらの手法は、グローバル社会に於ける『家産』へと民族・国民・市民を落とし込む構図に成って居るので在ろう。便利・簡単・安易に収斂されて仕舞えば、古代ギリシャの『パンと観劇』古代ローマの『パンとサーカス』の施政者・独裁者の国民への『家産化』に拍車を掛ける装置と為る次第で在る。

      遺憾いかん・・・取り留めの無い散文を通り越して、多動症文章と為って仕舞った。

 またまた、雨が降って来た。貴重・稀有な訪問者様に、相想尽しをされない内に、頁捲りをして、静読のお時間に移行致しまする。へへへ。


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