長駄文館・・・懲りない閉栓思考男為り。
- 2023/08/25
- 11:01
懲りない閉栓思考男為り。(8/25/23)
昨日は四畳半PCで若いロシア美人さんのコンビニで雪見大福買って来ましたの動画に、付き合いの在ったロシアンアマゾネスの顔、表情などを重ね合わせて、嗚呼、俺にも好い時代が在ったとニヤニヤして居ると。
開放して在る玄関から、『R、居るか。キュウリが夏枯れと云うから、持って来た。』『おっ、サンキュー。今、白人美人ネェちゃん見て居るから、上がってろや。』『どれどれ、昼間から熟女クラブじゃ無いの?』
全戸開放の独り暮らしで在るから、勝手に入って来る男で在る。猛暑で百姓仕事は朝の涼しい内にしか出来ないので、油を売りに来たとの由。
金欠病で、何も無いぞ。好いよ。何にも要らん。
そんな事で始まった言いたい放題の爺い二人のお喋りタイムと相為った。百聞は一見に如かずで、有明の現場見学と弟の存在感には度肝を抜かれたらしい。22日の総勢5人の露天風呂、バーベキューエリア、階段部の倍の拡張、踊り場設置のコンクリート打設、階段拡張に依る上りスロープの調整、奥に続く敷地境界に沿った石積みブロックの並べの壮観などの工事進捗報告をして、感想を『窺う』のだが、私の期待する観察・分析・感性の反応が返って来ないのが、Yの限界で在る。
これを称して、世間的には『豚に真珠』、『猫に小判』と云う沙汰なので在ろう。何しろ軽率オッチョコチョイの放送局の性質で、宣伝マンとしては打って付けと考えて居たのだが、ペルシャ戦争の『来た、見た、勝った』のマラトンの戦いで42.195kmを見事に走り抜きギリシアの戦勝報告をして息絶えた故事には、月とスッポンの落差で在る。
Yも何カ月か先には高齢者講習が待ち構えて居るから、私の受講談を報告して置く。皆、そんな歳周りなので内容は好く知って居て、抜かり無く予習をして臨むとの由。左様で御座るか。自若泰然の風を装って、普段は自然体を吹聴して、私の未熟さを指摘する男では在るが、事、自分の事と為ると『抜け駆けカンニング行為』を屁とも思わない小物俗物の典型で在るから、真に漫画チックな男なので在る。
亡天敵女とは小中の同級生で大の仲好しだったとの事で、類は友を呼ぶの感一入(ひとしお)と得心出来る次第で、私とは対極の生き方をして居る。笑いの角に福来るで、兎に角ガラクタ情報収集には長けて居るお喋り男で在る。
その癖、藪から棒にマトモな質問をして来る。そんな質問に、私は小心者で在るから、縷々懇切丁寧に応えて行くと、人の話を最後まで傾聴すると云う耐性が欠落して居るから、人の話の腰を折って勝手に解ったと云うチャチを入れて来る。説明すると云う行為は、相手の表情を見て、理解に応じて例えを選択して説明の筋道を付けて行くのが、王道で在る。
付いて行けないと思うと、逃げの一手で、『Rは、余程遣る事が無くて、暇してるんだ。』の減らず口を叩いて来るから、つい、私もカツンと来る。
「馬鹿野郎、一日は世界平等に24時間だ。自分で時間は作るもんだ。生意気口叩くなら、俺と同じ事をして見ろ。人間の価値は文武両道の道だぜや。バッコン腹筋体操も三日坊主の体たらくだろうが。少しぁ、相手見てから物を言え。想像力・創造力、妄想力の使用法もマスターして居ないんじぁ、男子番から高の同期の桜が聞いて呆れるぜや。正しい日本語じゃ、そんな物は『潜り入学の言』だぜや。ったく、脳味噌、口、感性の指数が違い過ぎるぜや。本来なら話の外、付き合いの外だぜや。」
「R、そんなにカリカリするなよ。心臓に悪いぞ。軽く受け流して、笑って楽しくが、老後の健康法だよ。ア、ハハ、ア~ハハ。」
「煩ぇ、処で本は在ったのか。」「探したんだけど、無いから、返した筈だぞ。」言うに事欠いて、何たる云い分かいな。本性見えたり、好い加減男の典型態で在る。
「Yは夏休み、春休みの万年補習生、俺はガリ勉し無くても、優等生だぜや。Yの悪い癖で、相手を自分レベルで見下すから、あっさり脳無しの『墓穴』を掘るんじゃい。人間観察をして分析して、自分の中の相手に対する『調整代』を作るのを怠って来たから、下らん処で『激昂』しちゃうんだ。激昂したら、世の中は普段猫被ってる、怖い連中は山ほども居るぜや。喧嘩に為ったら、勝者と敗者の差は惨めなもんだぜや。あい~。」
映画、ドラマでは『懲りない、塀の中』?などと、ヒットした物が在るが、Yの<懲り無い『閉』の中>にも、実に困った次第で在る。俺は苦労した苦労した、世の中が悪い、政治家、行政、世相が悪い、マスコミが悪いの一点張りの『閉栓思考』には、私としては閉口の段では在るが、Yの話術上、それが『一般受け』して居るのだろうから、処置なしの諦観するしか無いのだろう。ニャハハ!!
然しながら、清濁併せ飲んでの、言いたい放題の爺連トークタイムも、笑いは百薬の長効果も在る次第で在るから、早々は文句も云えない次第でも在る。大所帯キリギリス達にとっては、有り難い好物のキュウリの差し入れで在る。
何事も評価は、加重平均の清濁併せ飲む技量なのかも知れない。へへへ。
川を挟んで北西の傾斜地に家屋が建ち込み、南東に細長く水田、畑野の続く集落で在る。話を聞くと水を抑えた5軒が集落の名家だったとの由。興味深い村落の成り立ちで在る。
高齢者講習話で中学の同級生が、教本を買って来て丸暗記で臨んだと云う話の序(つい)でに般若心経を丸暗記したとの話が在った。地元のYの話によると、彼の家も水源を持つ家で、父親が集落に法事が在ると、般若心経を唱えて回って居たとの由。父親が亡く成って、独り息子の彼が、家督を受け継いで、その一環として般若心経を法事が在ると、唱えに行って居るとの由。Sもその間の話をして呉れると、得心の拍手を送って、同級会の折には、そんな郷土史の一環を拝聴しようと思った次第で在る。
然しながら、SもYも彼に般若心経の解説を訊ねた処で、ちゃんとした解説は聞けないだろうと、彼の真摯な努力を『矮小化』して笑いの種として居る。私は生真面目人間の方割れとして、許せない次第でも在った。
★人間、人の努力には素直に拍手を送るべしで在る。
昨日は開放して置いたら、廊下奥で鳴いて居たキリギリスの声も無く成って居たから、庭に帰って行ったのだろうが、庭から声がしないのは不思議な処でも在る。
本日も熱さが遣って来た。9時半で在るか。さてさて、朝飯と致しましょうかね。
昨日は四畳半PCで若いロシア美人さんのコンビニで雪見大福買って来ましたの動画に、付き合いの在ったロシアンアマゾネスの顔、表情などを重ね合わせて、嗚呼、俺にも好い時代が在ったとニヤニヤして居ると。
開放して在る玄関から、『R、居るか。キュウリが夏枯れと云うから、持って来た。』『おっ、サンキュー。今、白人美人ネェちゃん見て居るから、上がってろや。』『どれどれ、昼間から熟女クラブじゃ無いの?』
全戸開放の独り暮らしで在るから、勝手に入って来る男で在る。猛暑で百姓仕事は朝の涼しい内にしか出来ないので、油を売りに来たとの由。
金欠病で、何も無いぞ。好いよ。何にも要らん。
そんな事で始まった言いたい放題の爺い二人のお喋りタイムと相為った。百聞は一見に如かずで、有明の現場見学と弟の存在感には度肝を抜かれたらしい。22日の総勢5人の露天風呂、バーベキューエリア、階段部の倍の拡張、踊り場設置のコンクリート打設、階段拡張に依る上りスロープの調整、奥に続く敷地境界に沿った石積みブロックの並べの壮観などの工事進捗報告をして、感想を『窺う』のだが、私の期待する観察・分析・感性の反応が返って来ないのが、Yの限界で在る。
これを称して、世間的には『豚に真珠』、『猫に小判』と云う沙汰なので在ろう。何しろ軽率オッチョコチョイの放送局の性質で、宣伝マンとしては打って付けと考えて居たのだが、ペルシャ戦争の『来た、見た、勝った』のマラトンの戦いで42.195kmを見事に走り抜きギリシアの戦勝報告をして息絶えた故事には、月とスッポンの落差で在る。
Yも何カ月か先には高齢者講習が待ち構えて居るから、私の受講談を報告して置く。皆、そんな歳周りなので内容は好く知って居て、抜かり無く予習をして臨むとの由。左様で御座るか。自若泰然の風を装って、普段は自然体を吹聴して、私の未熟さを指摘する男では在るが、事、自分の事と為ると『抜け駆けカンニング行為』を屁とも思わない小物俗物の典型で在るから、真に漫画チックな男なので在る。
亡天敵女とは小中の同級生で大の仲好しだったとの事で、類は友を呼ぶの感一入(ひとしお)と得心出来る次第で、私とは対極の生き方をして居る。笑いの角に福来るで、兎に角ガラクタ情報収集には長けて居るお喋り男で在る。
その癖、藪から棒にマトモな質問をして来る。そんな質問に、私は小心者で在るから、縷々懇切丁寧に応えて行くと、人の話を最後まで傾聴すると云う耐性が欠落して居るから、人の話の腰を折って勝手に解ったと云うチャチを入れて来る。説明すると云う行為は、相手の表情を見て、理解に応じて例えを選択して説明の筋道を付けて行くのが、王道で在る。
付いて行けないと思うと、逃げの一手で、『Rは、余程遣る事が無くて、暇してるんだ。』の減らず口を叩いて来るから、つい、私もカツンと来る。
「馬鹿野郎、一日は世界平等に24時間だ。自分で時間は作るもんだ。生意気口叩くなら、俺と同じ事をして見ろ。人間の価値は文武両道の道だぜや。バッコン腹筋体操も三日坊主の体たらくだろうが。少しぁ、相手見てから物を言え。想像力・創造力、妄想力の使用法もマスターして居ないんじぁ、男子番から高の同期の桜が聞いて呆れるぜや。正しい日本語じゃ、そんな物は『潜り入学の言』だぜや。ったく、脳味噌、口、感性の指数が違い過ぎるぜや。本来なら話の外、付き合いの外だぜや。」
「R、そんなにカリカリするなよ。心臓に悪いぞ。軽く受け流して、笑って楽しくが、老後の健康法だよ。ア、ハハ、ア~ハハ。」
「煩ぇ、処で本は在ったのか。」「探したんだけど、無いから、返した筈だぞ。」言うに事欠いて、何たる云い分かいな。本性見えたり、好い加減男の典型態で在る。
「Yは夏休み、春休みの万年補習生、俺はガリ勉し無くても、優等生だぜや。Yの悪い癖で、相手を自分レベルで見下すから、あっさり脳無しの『墓穴』を掘るんじゃい。人間観察をして分析して、自分の中の相手に対する『調整代』を作るのを怠って来たから、下らん処で『激昂』しちゃうんだ。激昂したら、世の中は普段猫被ってる、怖い連中は山ほども居るぜや。喧嘩に為ったら、勝者と敗者の差は惨めなもんだぜや。あい~。」
映画、ドラマでは『懲りない、塀の中』?などと、ヒットした物が在るが、Yの<懲り無い『閉』の中>にも、実に困った次第で在る。俺は苦労した苦労した、世の中が悪い、政治家、行政、世相が悪い、マスコミが悪いの一点張りの『閉栓思考』には、私としては閉口の段では在るが、Yの話術上、それが『一般受け』して居るのだろうから、処置なしの諦観するしか無いのだろう。ニャハハ!!
然しながら、清濁併せ飲んでの、言いたい放題の爺連トークタイムも、笑いは百薬の長効果も在る次第で在るから、早々は文句も云えない次第でも在る。大所帯キリギリス達にとっては、有り難い好物のキュウリの差し入れで在る。
何事も評価は、加重平均の清濁併せ飲む技量なのかも知れない。へへへ。
川を挟んで北西の傾斜地に家屋が建ち込み、南東に細長く水田、畑野の続く集落で在る。話を聞くと水を抑えた5軒が集落の名家だったとの由。興味深い村落の成り立ちで在る。
高齢者講習話で中学の同級生が、教本を買って来て丸暗記で臨んだと云う話の序(つい)でに般若心経を丸暗記したとの話が在った。地元のYの話によると、彼の家も水源を持つ家で、父親が集落に法事が在ると、般若心経を唱えて回って居たとの由。父親が亡く成って、独り息子の彼が、家督を受け継いで、その一環として般若心経を法事が在ると、唱えに行って居るとの由。Sもその間の話をして呉れると、得心の拍手を送って、同級会の折には、そんな郷土史の一環を拝聴しようと思った次第で在る。
然しながら、SもYも彼に般若心経の解説を訊ねた処で、ちゃんとした解説は聞けないだろうと、彼の真摯な努力を『矮小化』して笑いの種として居る。私は生真面目人間の方割れとして、許せない次第でも在った。
★人間、人の努力には素直に拍手を送るべしで在る。
昨日は開放して置いたら、廊下奥で鳴いて居たキリギリスの声も無く成って居たから、庭に帰って行ったのだろうが、庭から声がしないのは不思議な処でも在る。
本日も熱さが遣って来た。9時半で在るか。さてさて、朝飯と致しましょうかね。
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