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長駄文館・・・雨後の風の涼しさ為り。

                    雨後の風の涼しさ為り。(9/7/23)
 川の増水とまでは行かなかったが、充分なお湿りと成って蘇った緑で在る。朝のフルーツにブドウを一房採って来て、ひんやりとした上品な味に美味いなぁの満足感で在る。雨後の朝で在るから、全戸開放とすればひんやりとした空気で、秋の訪れを感じるのだが、長引く暑さで30℃超えと成ろう。

 内容の在る夢を見て居たのだが、思い出せない。思い出す事は呆け防止のトレーニングに為るのだが、駄目で在る。勿体無い次第で在るが、認知症試験もすんなりパス出来た次第で在るから、まぁ、それも好かろう。
 昨日は久し振りの本格的雨を眺めながら、ソプラナ歌手の日本大好きスターシャさんのギター伴奏に依る日本語の歌、ロシア語の歌観賞をして居た。

 彼女はソプラノの声楽歌手で在るから、楽譜に忠実な歌唱法で在る。日本の演歌は、字の如く歌の世界を如何に演じて伝えるかの世界で在るから、声楽と演歌は異な方向と為る。それは、楽譜と情の世界の違いと云っても好かろう。
 昨日の私の観賞対象は、好みの美人さん観賞と、母国語と外国語の違いの中に在る情と云う部分が、歌に如何作用するかの関心楽譜、抒情で在った。西洋の叙事性と日本の叙情性を観察するには、好材料と為る時間で在った。

 叙事をを演歌と捉えての、脳と情の先行度合いをトロイカ、カチューシャの歌に求めて、母国語に依る感情優先の表情を追い、日本東北大震災の鎮魂歌『花』との比較観賞を繰り返し凝視して居た次第で在る。

 トロイカ、カチューシャは、ソプラノ歌手の楽譜再現歌唱以上の情感溢れる物で在った。そして鎮魂歌・花は、同時に世界発信された大悲惨事映像のショックと日本人の鎮魂歌・花の歌詞とメロディの淡々さと平易な歌詞に込められた鎮魂と未来への願いの部分が、彼女の琴線を打って、万感の想いが『手の表現』と為って、日本人の鎮魂の想いを歌表現して居たのだろう。

 勝手に大別すれば、叙事は理性表現、抒情は感性感情表現と云う事にも為ろうが、名曲、名歌として感動を呼ぶ物は、矢張り情感を呼ぶ共感力が前提に為って居る物らしい。美人さんの表情、感情表現の手の動きは、融合して一幅の絵に為る様で、美しい物で在る。

 さてお天道さんも照って来た。雨後で蘇った緑で在るからして、庭下りをしてミニトマト、昔ブドウを採って、ビタミン補充とミツバをカットして、炊飯器ONとして来る。遅生り小玉スイカは、果たして食用に為る物やら、最後の太くブル下がったキュウリは、キリギリス用に未だ置くべしで在る。吾が家の夏野菜はミニトマトを除いて、皆短命に終わった次第で在る。ニラの小さな白花が咲けば、灰色のシジミチョウがチョコマカと飛び始める。並アゲハ、カラスアゲハも卵を産み付けに山椒木に来る。葉に隠れて居た柿の実も形を現わして来た。暑さの裏には、秋が見えて居るのだろう。

 朝飯は何を食べると致そうか。尤も、末端底辺貧民の独り食卓で在るから、変わり映えのしない、選択肢の限られた朝飯では在るが。へへへ。


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