fc2ブログ

記事一覧

長駄文館・・・薄すらの雪為り。

                    今朝は薄っすらの雪為り。(2/4/24)
  さてと、本日は妖怪様の月命日で在るか。供え物をして、仏壇にご挨拶をして来てから動くと致そうか。ヨヨヨイのヨッコラショで起床して、障子を開ければ、庭は薄らと雪では無いか。未だ乾き切らない厚手の防寒ズボンを廊下に取り込んで、四畳半、小部屋のカーテンを開けて、朝を迎え入れる。仏壇に正座して、両親、兄二人に対して、南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏の手を合わせる。静寂の中にチィーンの音が何んとも、好い響きで在る。

 携帯ポットの湯を沸かして、小部屋での日曜のクラシックの調べを聴きながらのコーヒーでのモーニングタイムとする。廊下から漂って来る線香の匂いも、また宜しいの静寂さで在る。おやおや、南天の茂みにメジロが数羽来て、直ぐ飛び去って行って仕舞った。雪は、この分で溶けて仕舞うのだろう。
 寒かったり、暖かかったりのお天気さんで在る。昨日の暖かさで、切り枝の始末をして置いての正解振りで在る。本日はこの向きだと、お天道さんの顔出しは望めないだろうが、積雪の心配が無い分、有り難いと云う物で在る。

 有明、セブのツカサハウスが出来ると、賄い夫根性が始動されて来て、手軽な賄い夫ファースト食は無い物かと、独り食卓を実験の場として、手軽、安価な食工夫に向かう物で、何かと愉しんで居る次第で在る。

 昨日は鶏皮をコンソメ、醤油ベースでのラーメン、蕎麦用の両用スープを試して見た処、好い線で在った。

 鶏皮をコンソメ味でサッと茹でて、引き上げると、ふっくらしたコンソメ塩味で、単体としてもビールの摘まみと為る。出汁取りに鶏の挽肉、豚の挽肉を使って、挽肉を取り上げて、濃い目の味付けをすれば、そぼろ丼に転用も出来て、ラーメン、ライス、蕎麦ライス、うどんライスにも為ろう。
 和風ファースト食の見本は、『駅蕎麦の立ち喰い、屋台のイメージ』で在る。干麺の中に、ラーメンも在るので、麺類はうどん、素麺、蕎麦、ラーメンと全てが揃うから、天ぷらを揚げれば、麺に好し、飯丼に好しで、餅もレパートリの一つにも為ろう。麺に丼物、カレーも在れば、現地に於いても『普段着のジャパニーズ・ファースト』で、商売に為るかも知れない。『下手な鉄砲も、数撃てば当たる』の喩えも在る。何事も、頭の体操で在る。

 日銭が稼げると為れば、ジェニス・カンパニーの面々も、精が出ると云う物で在る。人間何事も、遣る気を起こさせる事が肝要で在る。

『アニキさん、シゴト、デキタヨ。アイデア、ベリーグッド、ワタシ、イッショーメンメイ、ファイト、スル。』なんて、言われたら、『戯け死して、川原にキリギリス、有明に、セブに形残す』で、私も気持ち好く『往生出来る』と云う物で在る。アハハ!!

 昨夜は観る物が無かったので、東南アジアの屋台を見て居る時に、自給自足的な働き者の女性動画在って、『これは面白そうだ』で、3時間程の村の生活を見させて貰った次第で在る。

    この手の動画は、素朴さ故なのだろう。人気が在る様で、結構な動画数で在る。

 今までの物は、大体が山の中で一人の女性が全てをDIYで畑、山、川での野菜、果物、魚などを取って、歩いて路上商売をして来ると云うスタイルで在る。従って全てを一人でこなす『作画的手法』なので、所々に『作為』が見え見えで、苦笑いの観賞なのだが、今回の物は普通の稲作村落で、父母・夫婦・子供と暮らす働き物の奥さんの映像で在った。

 鶏、豚、牛、アヒルを飼い、奥さんは水田の貯め池の魚、タニシ、川の鯰、日本のシジミの何十倍もの貝を獲って、大きなショイコを背負って、現金収入を稼いで来る。山にはバナナ、パパイア、柑橘類系、などの南洋果物の木が植えられて居たり、生姜、ラッキョウの原種的な物も群生して居る。
 集落の生活映像で在るから、集落の者達が稲の刈り取りに参加して、昔ながらの稲こきをして、大きな袋に入れて、其々の家の者が持ち帰り、モミの状態で乾燥保存をして粗末な水車で脱穀をすると云う『村落共同体』が維持されて居る。

 幼稚園・小学低学年の頃の、日本の風景に似た原風景が在った次第で、嫁・女房・母親は、兎に角、働き者で在る。今日は妖怪様の月命日で在る。頭の良い、段取り上手の黙々と働く賢母で在った。

 3時間に及ぶ映像で、言葉が出て来るのは、奥さんが路上で商う時だけで在る。人柄らしくファンが多く、商売上手らしく、担いで持って来た物は次々と売られ、終わると帰って行き、着替えをして家禽、家畜の世話、洗濯、食事を作り、明日の行商の用意をして行く。
 人力に頼る自給自足の生活は、大変と云えば大変ながら、それが当たり前の日々と思えば、苦には為らぬフットワークの好さで、次々と日々の課業をこなして行くから、生活苦の影が無いのが、有り難い次第で在る。

 常夏の東南アジアの極々普通の生活ドキュメンタリー映像で在る。其処には現代の文化的、物質的・無機質な都会文化とは、何ぞやの『人間の本質』を優しく諭して呉れる淡々とした世界が在った。

 いやはや、物言わぬ妖怪様では在るが、月命日で出来の悪い四男坊に『母親の諭し』の映像機会を与えて呉れたのかも知れない。

 神道と仏教の違いは、神道では身内の死は、魂の想いで、家に残る『守護霊・見守り霊』に為るとの由で在る。

 成る程、妖怪様の死では在るが、不思議と独り生活をして居ても寂しいとは感じられないし、心友Tの死に関しても同様で在る。何れにしても守護の見守りが働いて居るらしい事は、普通に感じられて居る次第で在る。

 さて、貧民の独り食卓と致しましょうかね。寒々とした日曜日ながら、生きて居れば腹も空く次第で在る。へへへ。


スポンサーサイト



コメント

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

アガタ・リョウ

Author:アガタ・リョウ
FC2ブログへようこそ!