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長駄文館・・・文句無しの好天為り。

                    文句無しの好天為り。(3/10/24)
 未だ暗いから、起きるのはパスして寝床アイドリングをして居る内に、寝入って仕舞い、眼が覚めれば、久し振りの好天のお天道さんの輝きで在る。小部屋のカーテンを引いて太陽光の照射熱を引き入れて、コタツON。流しの食器を温水で洗い、ヤカンに湯を沸かす。流しがスッキリすると気持ちが好い物で在る。沢庵漬けのタッパを持って、小部屋入りして、沢庵を摘まみながらクリープたっぷりのモーニングコーヒーとする。

 ブロンソンさんでは無いが、実に美味い自家製沢庵で在る。朝の一服を付けて、自転車出しをして、今年のメイン場所の新規の苺移植の土手スペースを見て来る。融雪の水分でコチンコチンの地面ながら、暖かく成って来れば青々とした苺群と為って、結構な苺採りが出来る事だろう。遮る物無しのお天道さんの下、いの一番での開花、実付き、色付きと為って、張り合い場所と為る事だろう。昨年の猛暑で全滅して仕舞った次第では在るが、無から有の形で、深々と土お越しと川土の投入で思い通りの土の厚さが出来た次第で、庭通路脇に踏まれて、成長出来ないで居る苺苗を新天地に移植して遣ったので、吾が世の春を存分に拡げるに相応しかろう。

 野性化した苺に場を与えて、成長を促し、その実を頂戴して、それを苺ジャムとして私のプレゼントとする。近江商人の『三方好し』の好サイクルが回る次第で在る。今年は有明ハウスの冷蔵庫に入れて、利用者に無人販売の態で、自家製苺ジャムを提供して見ようとの実験が在る。船仲間の横須賀組のお三方にプレゼントした処、大喜びで在ったから、また遊びに来るとの由で在ったから、彼等の喜ぶ顔が見られる次第で在る。

 人間、何事も『気は心の輪』ほど、和み合える空気は無い次第で在る。これを称して、無形の気持ちの交流と云うので在る。

 8時半を回った段階で、無風晴天のお天道さんの気温上昇力とは、何と凄い物で在る。熱さに窓、廊下の戸を開けての温度調整が必要と為って来た。先程から家付きヒヨドリが松の横枝に止まって、私を見て居る。早々は野性を甘やかす訳にも行かぬ。自活せよの無視とする。

 昨日は頁進めでは、ギリシャの章に入って、ギリシャ壺、ギリシャ神話、ギリシャの吟遊詩人などの芸術文化側面の読みで在ったので、就寝前の動画のお時間を、実際の処はどんな感じなのだろうかと思い、神話・吟遊詩人の作品朗読を検索して見た処、ヒットした。老読者が女性で在った影響も在り、聴きながら何時の間にか眠りに落ちた次第で在る。歴史本では短い粗筋紹介だけの記述と為らざるを得ないから、読み手としては如何しても歴史単語の域から飛ばし読みをして仕舞う。映画ではギリシャ神話が題材として採られているから、其れなりのストーリーは知って居るのだが、神話の原典を朗読で聴いたり、ギリシャの女流吟遊詩人の詩編の朗読を聴くと、活字以上の想像の拡がりを得られるので、日本神話との違いにも思いを馳せる事が出来て、有意義なお時間と為った次第で在る。

 ネット界の拡がりは知ろうと思えば、至れり尽くせりで、こんな有り難い世界は無い。テレビ、新聞が面白く無いのボヤキばかりが聞かれるが、皆、其々に好きな事、興味の在る物を持って居るので在るから、主体性を持ちさえすれば、簡単便利な動画付き辞書は無かろうと思うのだが、何んとかと鋏は使い様との由で、ゲーム機能に傾注したり、好からぬ事への使用形態に進んでいるとの由で在る。何事も、一側面からの思い込みに為って仕舞うと、偏重に帰して仕舞う。従って巾も深さも出て来ないから、言葉の一過性で面白味も興味も湧かない平面の平行線を辿って仕舞う。

 男女の睦言世界では、性技の四十八手も在るそうで、上下、前から横から後ろからと360度の広角度・広回転が、男女の官能の世界との由で在る。好きな道は、それ同様に主体性を持って、果敢に挑むのが、努力の道と云う物で在る。然しながら、好きな道も度を越せば精気を吸われて、腎虚を患い死に至らしめられるの忍法くの一に果てる事も在るそうな。過ぎたるは及ばざりしの距離感を持ち合わせて居れば、男法ピンピンコロリの平均寿命をクリアしての寂滅道を逝けるかも知れぬ。

 お天道さんの道の理に従って、無為自然・小国寡民の知るを足るの身の丈で生きる事が、老子さんの訓えとの由。仏教では諸行無常・諸法無我・涅槃寂静で、東洋に仏教・ヒンズー教・儒教・老荘思想・法家思想・日本神道。西洋にキリスト教・イスラム教在りとの由ながら、縄文時代から継承する日本神道の八百万の神々に通底する老荘思想を基本立ち位置として、宗教・哲学の解剖をして行く人類の履歴書・世界史をライフワークとする時間割りは、加齢期に於ける、或る意味での『写経の図』なのかも知れぬ。農耕・遊牧・交易と其々の経済基盤の別・差は在れども、其々の環境因子の中から、植物、動物人間の営みが存在して、風習文化の中で政体・宗教・哲学・芸術が生まれて来る。従って、其々に因果関係が存在する構図なので在るから、本来なら一々別差に目くじらを立てる必要も無かろう。私は脳味噌の構造が粗雑に出来て居るから、高尚なイデオロギーの世界には不向きな人間で在る。

 好天で在るから、散歩がてらにスーパーへ行って、作り置き料理のお時間に当てると致そう。サバの煮付け、モツ煮、鶏レバーの唐揚げを作りながらの台所タイムを終えれば正午過ぎで在る。これで独り食卓の並べ物も、好く為ると云う物で在る。人間、食べれる内が花との由で在る。我田引水、自画自賛の自己満足は、ストレス防止の万能薬かも知れぬ。へへへ。

 おやおや、二度目の雌ジョービタキの姿見せでは無いか。この処、雄ジョービタキの姿見せが無いから、如何やら雄の縄張り外に為ったらしい。


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