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長駄文館・・・さて,如何進む物為り。

              さて、本日は如何進む物為りか。(3/21/24)
 薄らパウダーの載りで収まった雪に、ホッとした朝で在る。冷え込みも強く牡丹、芍薬達には厳しかろう。さてさて、本日は三度目の正直で込み出しを公民館までして来るのが、朝のお勤めで在る。台所で小部屋用のお湯を沸かし、沢庵でモーニングコーヒーとして、ゴミ出しの時間を待ちながら、ラジオ聴きとする。久し振りに好夢の朝起きと為った。

 先日有明からの帰りにYの所に寄っての話の中に、山間地域の2年生までの分校同窓生会の話が在って、毎年浅間温泉T旅館での泊まり込み同窓会が続いて居るのだが、今年は参加人数が10人を割って仕舞ったとの話が在った。コロナ禍でも続いて居たとの由で、立派な事では無いか。
 如何やら、それが好夢の出典で在ったらしい。独り散歩をして居ると、Yに出合った。お互い暇爺で在るから、妖気の好さに歩きながらの話をして居ると、今度はOに出合い、『おうおう懐かしいな』で散歩話が弾んで行く。爺には一寸暑いなぁ~。どっかで休んで行くかで街場に向かうと、中学時の女同級生が前方を歩いて居る。そう云えば、軽食喫茶をして居る筈だ。声を掛けずにその横にピッタリと寄り添い歩きをして行くと、『何処の痴漢爺と思えば、Rちゃじぁ無いの。如何したの。』『こんな上品男をとっ捕まえて、痴漢爺は無ぇだろう。喉が渇いて疲れちゃったから、店で休んで行こうと思ってさ。』

 店に入ると、懐かしい面々の爺、婆連の寄り合い所の雰囲気で、即席の同窓会の輪の中に入って、やあやぁの爺・婆連の交換会と為って仕舞った。『満杯だから店締めて、ビール出して貸切同窓会遣っちゃおうか。摘まみは無いから、皆、其処のスーパーで好きな物、お酒を買って来て、遣んなよ。私も宴会入りするから。』『好いねぇ、流石にOは美人の姐御肌だ。飲み代、肴代の徴収はYに任せた。』『おっ分かった。RとOは、好いコンビだな。さぁ皆金出せ。FとE子は俺と一緒にスーパーまで買い出しだ。』同じ学舎で同学年として過ごして来た爺・婆連の普段着の中性域に入った同窓会に、一時を童心に帰った次第で在った。そんな夢に、生身の現役男女差は諸々の抑制が働く物だが、童心とは、『中性域』に還る事と感心した次第で在る。

 さてさて、ゴミ出しをして来ると致そうかで、ペットボトル、雑瓶を入れたレジ袋を持って公民館まで行く。役員さん達とは、ボランティア草刈りのお仲間同士で在る。4爺連と駄法螺を吹かせての『煙草タイム』とする。
 小型家電も含まれて居るので、役員さんが、『これ、未だ未だ充分に現役だよ』と、小型ラジカセを見せて呉れたので、『丁度、好し』で、三度目の正直、朝起きは三文の得で頂戴して来る。

 悪天候は大事に成らずに、冷え込みで気温の低下は在る物の、概ねの晴れで在るから、日中とも成れば、其れなりの気温の上昇が見込まれる。お天道さん燦々と入る小部屋に居ると、既にサンルームの暑さで在るから、庭下りをして見ると未だ冬の空気で在る。遺憾逝かんでお天道さん暖房の小部屋に据わり直しとする。

 昨日の就寝時にはマイナー洋画の未だ未だ原始生活の残る字幕付き神話映画を見て居た。筋肉隆々の主演男優さんよりも、共演女優さんが好みのタイプで在ったので、映像主体に見て居たのだが、映画に於ける字幕は、正に職人技で在る。

 映画華為りし頃の時代で洋画を観て居たので、台詞の翻訳は映像との兼ね合いで、大人が速読して理解出来る様な短い意訳の技で在った。
 それが機械翻訳の安易さとも云うべきの字数を無視した直訳の長さで、映画観賞上、チグハグの消化不良現象を伴なって、異和感並びに不純物に付き合わされると云う苛々を昂じさせて仕舞う。
 神話の映画化なので在ろうから、ゼスチャー、表情で大凡のストーリー展開が理解出来るので、余り苦には為らなかったが、昨今の人工知能流行りの御時世で、果たして画一的直訳翻訳で、異言語同士の者が解り合えるのだろうかの機械の限界性を感じて仕舞う次第で在る。
 日本語には幼児言葉、男言葉、女言葉、方言の話言葉、書き言葉、身内のゾンザイ言葉、立場を弁えた上下言葉、口語体、文語体・・・etcと使い分けが多種多様な日本語世界なので在るから、機械翻訳は、便利以上に日本語を壊す方向に進んで仕舞う危険性大と考えて居る次第で在る。

 ラジオのニュースでは、通信簿の廃止を決めた自治体が在るそうな。人間の優劣を学業成績で即断して仕舞う様は、人格判断上、甚だ宜しく無い事で在る。

 然しながら、教育の側面には常識の躾け、学業の課業が存在する。目的、競争の原理をいとも簡単に平等しとしたり、競争原理を排斥して仕舞う試みは、常識に鑑みて異常な世界で在る。
 学校でのそんな『無菌温室培養』されても、社会出れば自由主義・自由市場経済の只中で、他者・他社・他国との競争に打ち勝たなければ、経済的果実を得る地位すら覚束なく為るのが、世界・社会と云うが、現実の実態なので在る。
至れり尽くせりの無風地帯では無く、覚えなくては為らない対象に向かっての自助努力が、現実の推進力の筈なのだが、そんな常識も破棄されなければ為らないとする教育原理とは、何を標榜して居るのか、頭の悪い私にはさっぱり理解出来ない。

 平等と公平の意味、区分けも出来ない輩が、安易に横文字語・カタカナ語を使用・流布する事無かれの『忌々しさ』で在る。おやおや、10時在るか。朝飯の用意に取り掛かると致そうか。飯後は未だ寒いが、川土運びで4杯を土の薄い所に補充してユリ群よ、豪勢に伸びよの呪い掛けをして置く。終われば、早や正午で在る。天気、気分に任せての春迎えの庭仕事も、塵も積もればの『加算の効』で、後は遣っても遣ら無くても形と為って来た。


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