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長駄文館・・・親父のシーンを思い出す為り。

                  親父シーンを思い出す為り。(3/29/24)
 昨夜からの雨は降り続き、庭通路は水没して池と成って居る。今年は弥生三月に入って、カミ雪、長雨の連続で、やれやれの感で在る。
 一昨日の柿枝の処分をして置いて正解の段ながら、首、右肩が筋肉痛で在る。風呂浸かりでの解しが必要で在るか。

 昨日は枝処分、個性枝利用でオブジェ風柵の一部にして、川石の配置・オモトの移植をして川土も2杯加えて、其れなりの雰囲気を造って見たり、散歩をして来たり、ノルマの頁進めをしたりの一日で、動きとしては悪くは無い次第だったのだが、ノコ、枝カットが想像以上にきつかった様で在る。それでも4/2に向けての、其れなりの『負荷掛け』を目しての作業だったのだが、本日の雨と風呂浸かりでの筋肉解しで好い方向に行く事だろう。

 後期高齢者で在るから、当然、毎日は働けないが、アンチエイジングの体力維持に庭仕事は役立って居る次第で在る。

 雨も小降りに成って、通路池も大分退いて来た。この時季の雨は催花雨との巧い命名ながら、花の前に雑草を呼ぶ『催草雨』と云うのが、吾が家の実相で在る。雨降って地固まるも、川原質の土で在るから、『雨降って、小石浮き上がる』が、実態でも在る。
 腐葉土作りと浮き上がる小石との追い駆けっこの態では在るが、A型体質の利で『最後に勝つのが、根気』と信じて、庭下りの際には習慣として居る次第で在る。

 何事も体感学習で在るから、小さな空間ながら、直接素手で土、植物と接する事は、観察・実験を繰り返して、合理性を模索して自分の感性に即した『庭風情』を造って行く作業は退屈し無い『歳時記の営み』と為って居る次第でも在る。アットホームな庭の佇まいは、何処にもしゃがみ込んだり、座れて、雰囲気の中に身を置かれるのが、一番の御利益と云う物で在る。

『仕事は、性格を現わす』次第で、気付く事多にして『嗚呼、私は母親似』と苦笑する事多でも在る。下孫が家に来て、庭石に座って一人庭を見て居る姿とか、有明手伝いに連行して、落ち葉を掃いて、ミノであそこのユリ植えの土に、『土に還れ~。』と言って被せて来いと仕事を与えると、『ウン』と応えて、一人で遣りながら、道路からの長い階段の中間地点の踊り場の石灯籠の段差に腰掛けて、休憩して居る姿などを見ると、『私の遺伝子』かと納得する次第でも在る。アハハ!!

 私の親父は名古屋の病院で癌手術をした物の、末期癌でモルヒネ注射を打ちながらの自宅療養生活に入った。隧道工事の会社を経営して居たから、仕事柄、山の中の長い飯場生活が仕事場で在る。

 そんな職業柄、普段家に居ない父親で在ったから、浴衣姿で桜のステッキを突きながら庭に出て、未就学で家に居る四男坊の私を呼んで、『小便はこの自然石の石灯籠に掛けろ。そうすると小便焼けが回って味が出る』と云う土方の親分で在った。
 近所で新築工事が在ると、私を連れてステッキでコツン、コツンとコンクリート、木材を叩いて、品定めをして居るシーンだとか、家に帰って来るのは、2か月の一回の一週間程度の帰りで在ったが、家に居る時は豪勢に家庭サービスで連れ回して呉れた親父で在った。

 貫禄たっぷりで、遣る事が他と違って居たから、目立ち過ぎて幼少の私には恥ずかしい気持ちが在った。

 親父が息を引き取ったのが、私が寝間として居る奥の八畳間で在る。私が6歳、弟が3歳の時で在る。兄3人は金持ちのお坊ちゃん、私と弟は未亡人母親の貧乏人兄弟の育ちで在る。それでも私には少ないながら、親父の幾つかのシーンが鮮明に焼き付いて居るから、弟と比べるとマシな口で在る。

          従って、『親は在っても無くても、子は育つ』が私の実感なので在る。

 人間の存在感は、残して呉れた幾つかのシーンが在れば、充分なので在る。鮮明なシーンさえ残して呉れれば、後は成長に合わせて、そのシーンが自問自答の成長を与えて呉れる。自分の人生を開拓して行くのは、飽くまで『自分の技量』と云う物で在る。人間は決して、一代では生まれて来ない存在で在る。千年、何百年の血筋の中の遺伝子の中から生まれて来る存在で在る。

 三途の川を渡って、同じ墓に入れば皆同心円の平等単位で在る。まぁ遺伝子継承者の仲で在るから、生物学上のメンデルスの法則で優性遺伝、劣性遺伝、ダーウィンの突然変異、諸々が在っても、これまた然りの同居遺伝子の沙汰でも在る。

 生きる技量さえ在れば、良教師だけが教師では無いし、真逆の反面教師の類も在る。素直な自問自答心さえ在れば、早々人間は針路を間違わずに済む次第でも在る。

 人間、神経質過ぎると、生物が本来持って居る免疫力、抵抗力、自活力が低下して仕舞う帰来が在る。『買い被りが見掛け倒し、心眼磨けば、豚だ食わせ者』と云うのが、これまた人生訓と云う物でも在る。

 ど根性カエルでは無いが、毛無し、金無し、女無し、止めが甲斐性無しの後期高齢者の末端底辺貧民たりと云えども、人畜無害の家付きヒヨドリとの庭共用生活も在る次第なので在るからして、世の中とは上手く出来て居る次第なのかも知れぬ。

 孫の下チビとは、私と親父のシーンの6歳時をクリァ出来た次第で在るから、私も墓に入ったら、親父に対して、『2世代にシーンを残した』とデカイ顔が出来ると云う物で在る。

       Y風に云えば、これを称して、『私は大した物』と云う為りで在る。ニャハハ!!

       雨も止みつつ在る。炊飯器ONとして日課の庭下りをして来ると致しましょうかね。


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