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長駄文館・・・とんだ夜だった為り。

                   とんだ夜で在った為り。(8/24/18)
      昨夜は断続的に雨が降って、未明近くに台風が長野県に一番接近するとの由で在った。

 雨に窓、戸を締め切れば、停滞する空気は蒸し返る暑さで睡眠の邪魔をする。悶々とする夜を勤めを考えて、耐える必要も無い『毎日が日曜日の暮らし』で在る。

 何度か、諦めて起きようとするが、起きて何かしようと思っても、身体が寝て居る状態で在る。精ぜいが水を呑んだり、お菓子を摘んだり、煙草一本を吸う程度しか身体が云う事を聞いて呉れ無い次第で、再び寝転がるだけの夜で在った。コンニャロウメで在る。

 その内、少し寝たのだろう。今度は強風の叩きと成って、雨音も激しく成って来る。雨が去った様で在るから、空気の流れを確保する為に、窓、戸を少し開けて、身を横たえる。

 未明近くに成ると、いやはや怖い程の風の吹き荒れと成って来た。煩いから、またまた、窓、戸を閉めて来る。

 そんな繰り返しで、大いに疲れて仕舞った朝の訪れで在った。明暗の対照効果で、強風の感覚は視覚に解消されたが、松の枝木の翻弄振りは、凄まじい限りに続いて居る。炊飯器をONにして、ラジオを聞く。 

 昨夜の悪天候に蘇ったのは、植物達の緑だけで在る。トマトとキュウリを採って、昔ブドウを一房、口にする。手習慣で雑草抜きをするが、一切絶えない顔出しで在る。丸で、地中の種子の為に、地表の草を抜いて『雑草芽出し、成長の自由平等の原則』をさせられて居る様な物で在る。やれやれの忌まわしさで在る。

 梅酒瓶から梅を全部取り出しした処、ベッコウ色の見事さを増して来て居る梅酒の様で在る。取り出した梅は2日間の天日干し、タッパ入れで冷蔵庫で在るが、口にすると歯でコリコリ解しをして居ると、奇麗に種が取れて来る。所謂、甘梅作りの最初の梅割り、種外しをしなくても済む格好と成って居る。

 何事も、試して見ないと、知る事の出来ない発見で在る。果実と種の組成分が異なる処で、組成断層に依拠する現象で在ろう。

 そんな次第で、口の含み物として、重宝して居る。正午を回って、蒸し蒸しと暑さが募って来た。

 M先輩の終活品で頂戴した手巻き置き時計は時には止まって居るが、マンドリンは一日何度かの、結んで開いての絃鳴らしでの『息抜き』とも成って居る。
 そして、倅がプレゼントして呉れた中国製電源アダプターのお陰で、世界史の朗読テープも支障なく聴けて居る次第で在る。現在頁捲りが追い付いて、19Cのテープお浚いで、概ね教科書と同じ内容で在るから、安心して『聞き流し』が出来る。

 餌を撒けば、一斉に浮上して来る水槽住人を見る事も、生物達の一コマでも在るからして、退屈しない。

 おやおや、これは珍しい。猫の顔出しでは無いか。この頃は、冬は陽溜まりを求めての猫の散歩は在るも物、すっかり猫が見え無く成った次第で在る。

 不図思ったが、人間界に犬、猫のマーキングが薄れて居る昨今で在るから、イタチなどが夜陰に乗じて、『結界』を破っての正々堂々の徘徊して居るのかも知れぬ。人間社会と云えども、同様の事が為されて居る訳で、日本人社会のマーキングが薄れて来ると、古い団地には外国人が根を張って来る。

 19Cは、16C以来の世界一体化が進んで、列強の植民地帝国時代で在る。植民地化の最初の口実が、ご存知『開国要求』で在る。開国の内容は、『治外法権』と『市場開放』で在る。
『治外法権』で、行動の自由(乱暴狼藉)確保行使して『管轄外行為』として責任を取らない。『市場開放』で自由貿易を主張して、保護関税を撤廃させて、自国の生産力を武器に、植民地からの資源調達と自国製品の輸出市場化を目指して、その国の製品力を死滅させる。

 それが功を奏して来ると、その国の『国内循環国富』を収奪して、一方的な植民地化を暴走化して行く手法で在る。

 好く云われて居る処では在るが、『武力に依る領土侵略』、『移民に依る人口侵略』、『資本投入による資本侵略』と云うのが、侵略の3タイプとの由で在る。概ね、これらはウェートの差、時期の差こそ在れ、三位一体の侵略形態で在る。

 グローバリズム、ナショナリズムと云って見た処で、欣旗の御旗の違いだけで、バランスの色が異なるだけの話で在る。

 世界一体化の時代、西洋化改革が行われた。産業革命で後れを取ったプロイセン・独では、ビスマルクの鉄血政策が、その当時、瀕死の病人と云われたオスマン帝国では、『タンジマハート』が、日本では『明治維新』が、清朝では『洋務、変法運動』が、推進された次第で在る。

 バルカン半島では、欧州列国が国益優先の合従連衡に明け暮れて、自国の浮沈を賭けて、目まぐるしい動きをして居た時代で在るし、アヘン戦争、インド完全植民地化、万国博、国際赤十字、国際五輪、スエズ運河、米大陸横断鉄道開通・・・etcと、覚える事満載の時代である。

 人類の共通学習教材としての世界史の教訓を学習効果として、現代人が共有出来て居ない処が、とどの詰まりが、教育の不毛と云う処なのだろう。教育を単なる受験の一便法として居る限り、教育、知識が素養、教養として社会に正常に作用して居ない構図と成って居る訳で在る。従って、其処が一便法の当然の帰結として、受験期が終了した段階で、ご破算で、後は個利に走っての足の引っ張り合いの見苦しき個争、個走に入って人生を閉じるの構図と為って居るのだろう。

                 いやはや、関わりたくない世相の段で在る。

  さてさて、首にベットリの汗溜まりで在る。午後のスタートに、シャワーで汗落としをして、禊(よそぎ)を済ませて置くべしで在る。



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