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長駄文館・・・行楽日和に

               行楽日和に『庄屋学』を知る為り。(10/22/18)
 抜ける様な高い青空、行楽日和で在る。途中でパン屋に寄って、お得な詰め合わせパンと牛乳を買って行こうと思ったが、生憎売り切れで在った。旅館の跡地利用が大分話題に成って居て、4~5人の人から話を伺って居るが、実際に見ると云いたくは無いが、目ん玉と頭を付けて居るのに、何を見て、確認して、予想を立てて居るのか、報告者としては落第点で在る。上司が私でなくて、好かったと云う物で在る。その癖、ああだこうだの批判だけはするので在るが、要素分析も独創性も無い世間話の感想だけで在る。

 コンビニでカレーパン、ハンバーグ、ミルクを買って会場に向かう。小学校の校庭では日本車クラシックカーの展示と、ちょっとした屋台、バンドが出て賑やかに遣って居る。小道を挟んだ体育館でも何か催し物が在るらしく、和服までは行かない浴衣姿の若い女性達が話をして居る。

 立ちションをする訳にも行かないから、市役所の支所に入ると、会場は2階の付き辺りの会議場と云ってスリッパを出され、腰の曲がった案内人さんに案内されて仕舞った。誰かと間違えて居るのだろう、嫌に親切で丁重で在る。
 入ると受付でレジメを渡され、住所と氏名の記入で在る。云われるままに記帳して、昼を食べる。トイレを済ませて、後ろの丸テーブルで聴く事にする。殆どは私より年配者達で在る。差し詰め教員退職者達、現役教員と云った処なのだろう。

 おやおや、町会長さんの姿で在る。町会役員の『義理受講者』も居るのだろうが、開始時間に成ると50人前後の入りで会議室は後ろに椅子が並ぶほどのボリュームに為った。

 定刻の一時半に成って、元県短大学長による「松門文庫と窪田畔夫」と題したA-4、14Pの文化講演会が始まった。主催者は本郷歴史研究会で在る。

 レジメを素読する形で講演会は進んで行く。丸テーブルには、私の目からは10歳位の年長者が隙の無い顔をして、素読を追って黄色のマーカーを引いて行く。何と困った連中で在る事か、この程度のペーパー授業に・・・。私は腕を組んで目を閉じて聴いて居る。気に為る事が在ると、レジメに走り書きをして目を閉じる。そんな私の受講態度が、年配者には気に入らない様な目付きで在る。

★私からすると、教師面の消えない馬鹿にしか見えない。馬鹿野郎、脳味噌の出来が違うんだわな。私に言わせれば、義務教育の授業じゃ在るまいし、退屈な授業には、それがお返しと云う物で在る。益してや社会人のそれもロートル連中が受講者なので在るから、もう少し気の利いた例え話を挿入した講義が出来ないのかとの匙投げで在る。

 講義が終わって、質問の時間と相成った。後ろ席の40代男性が質問する。真に権威に対する『陳腐な迎合的質問』で在る。

 こんな質問とこんな講義では、歴史研究会でも無かろうと思い、『蛮勇』を揮って質問する事を決心した次第で在る。手を上げると、マイクを持って来ようとするから。

「声は大きいんで、マイクは要りません。本日の講義で、私は『庄屋学』と云う物が在ったことを初めて知りました。士農工商で士(さむらい)には藩校、庶民には寺子屋、そして農民層には庄屋学。成る程と納得しました。
 士には参勤交代での江戸留学、庄屋には俳人・歌人・墨客・絵師の逗留接待による文物摂取の風、庶民の読み書き算盤の寺子屋と、考えれば士と庄屋へのエリート教育と庶民の寺子屋教育とが、好い具合に教育体系が作られ機能して居ると合点した次第です。
 藩校と庄屋学のカリキュラム、その違いに興味が在ります。本日の講義のキーワードは『庄屋学』に在って、庄屋学が窪田畔夫を通じて『時代に体現した』と云う感想なので、紹介頂きたい。」

「既に、答えをお持ちの様ですね。」と前置き為さって、上機嫌の説明が始まった。

★質問をしなければ、学者に内蔵されて居る索引別の知識が横断的に開示されて来ないのが実情で在る。誘導尋問為らぬ『質問誘導』によって、学者の歴史見解、人物見解を聞く事によって、歴史は点・線・面から『立体』へと繋がり、現在、未来への参考例を提示する物で在ろうに。

 レジメに依れば、窪田畔夫は武内すくねを先祖に持つ家柄で、1838年に生を受けて、1921年に没した人と在る。その21代目にして最後の庄屋として生きた幕末から大正10年までを生きた官吏・政治家・宮司・書画家でも在った人物と在る。分家筋からは歌人の窪田空穂が居ると在る。
 明治維新が1868年で在るから、生涯83年の内、30年を江戸時代に暮らして居るので在る。そしてその人格形成時に流れて居る基本が、『庄屋学』なので在る。

 従って、庄屋学を聴かずして、本日の講演会の意味は無かろうと思うのだが。私の趣味の世界史に準えれば、『時代の過渡期』に登場する春秋時代の諸氏百家、南宋時代の自由闊達な貴族文化、ルネッサンス期の万能人の輩出期とオーバーラップする様な窪田畔夫の輝きでは無いか。

★歴史ウォッチッングをして居ると、長らく続いた体制が流動して、新しい時代が潮目を迎える時、今まで規制に縛られて居た『人間の多能的才能が眩く開花』する時が在る。

 幕末~明治維新~明治~大正と時代の先頭を行った窪田畔夫の中に、滔々と流れて居ただろう『庄屋学=経世済民=経済』の日本の地下水脈の迸(ほとばし)りの時代を解説して貰いたかった次第で在る。彼の履歴年表を見ると、東洋の経済学と西洋のエコノミー学の思想的乖離を感じての宮司、書画への移行が在った様に思える。

    窪田畔夫は、正に松本市が生んだ時代を映して存在したご仁なのだろう。へへへ。

 明けて本日も、昨日と同様の快晴日に向かう空で在る。自転車を出しての外で在る。余りの清々しさに釣られて、露に濡れる河川敷歩きと為って仕舞った。

 軒下、ベランダには、干し柿が其々の丈でぶら下がって居る。昨日の好天に作るお宅は、柿採り、皮剥き、吊るしをされたのだろう。

 公民館下の土手には渋柿の木が在って、生り年の今年は凄い数を付けて居る。帰りに見て行くと、殆どが収穫されて居たので一安心で在る。
 土地所有権の無い場所に生えて居る物は、無主の産物にして先取り特権、既得権の慣習に従うべしで在る。

『唯、朽るを晒す』よりは立派な柿で在るから、収穫されて干し柿、熟柿として利用されなければ、柿も『成仏』が出来ないと云う物で在る。

 さてさて、好天に一日をスタートさせると致そう。コタツが在ると、うつらうつらも随意で在るから、安心出来る次第で在る。へへへ。

 3箇所目の落ち葉溜めを作って居る内に、安物の柄が折れて終った。使い勝手の良い物だったから、捨てるのも忍び難い。作業後は木工ボンドをたっぷり添付して張り合わせ、ガムテープをぐるぐる巻きにした後、針金で4か所締め上げて置く。

 外仕事をして居れば、何かとご近所さんから声が掛かる物で在る。何しろロートル寡暮らしで在るから、大体の事はDIYで遣らねば為らないが、難しい事以外は遣れば遣った分だけ、次に繋がると云う物で在る。本日の運動は、これで好かろう。あはは。



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