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短編・・・虫眼鏡老人

                    点描・駄犬との暮らし
 未だ5時で在るか。老人は暗い部屋の置時計を見て、布団を頭から被るが、尿意を抱えた儘、眠る訳にも行かず、トイレを済ませて布団に入る。

 やれやれ、寒く為った物だ。真冬のトイレだと膀胱の『湯たんぽ』を全部放出する感じで、寒さが堪える物だが、未だその時季で無いのが幸せなもんじゃ。歳の所為で、喉と云うよりも口内が乾く。未だ未だ寝れるから、起きるのは勿体無い。白湯(さゆ)で潤してから、寝ると致そう。

 隣部屋の小型電気ポットから湯を注いで、熱冷ましに陶器のコーヒーカップの湯をゆっくり二回り程回し、ゴクリと飲み干す。それから、布団を頭から被って、両腕を胸の上に重ねて目を閉じる。

     11月も中旬に成ると、夜の帳の速さに驚くと同時に、冬の訪れを確り知らされる。

 今年も、老体には堪えた長い酷暑で在った。蛍の数は皆無に近く、来年の蛍を心配させる。長い夏に山は焼けて、野生動物の人間界の出没を危惧して居たが、今年は如何云う訳か?山の実りは、豊かだった様で在る。自然とは不思議にして、懐が広い物の様で在る。
            人間界、自然界にとって、幸い今の処、出没ニュースは殆ど無い。

        そんな事を思いながら、老人の寝姿からは、間も無く小さな鼾が聞えて来て居る。

 毎日が日曜日の虫眼鏡老人と、やんごと無き生まれ変わりの駄犬とが暮らす家にも、楓の紅葉落ち葉が溜まる庭には、例年の沢庵漬け用の大根が干されて居る。夜の帳の速さで朝夕の寒さは増して来て居るが、日中の暖かさと云うよりは暑さは、廊下での人間と犬の転寝にも暑さに、度々の寝返りを打たせる次第で在る。

「これ、駄犬、『枕』が勝手に、寝返りを打つとは何事ぞ。そんな不心得者では、渋谷の忠犬八公の銅像は建たんぞよ。野良犬も三日も餌を頂戴すれば、一宿一飯の恩義を感じて『忠節』に励むと云われて居るのが、日本犬で在るぞよ。ったく、辛坊の足らん駄犬とは、良く云った物よなぁ~。ワッハッハ。」

 虫眼鏡老人の恩着せがましくも刺満載の口上に、やんごと無き賢犬は横臥の儘、大きな欠伸で、どこ吹く風の聞き流しで在る。

★また始まったか。爺(じ)ぃにも困ったものよ。人寂しい癖に、人付き合いを面倒と考えるから、人が付かない。その欲求不満が余に投射されるので在るから、余は遠に耳にタコが出来て仕舞ったわ。まぁ、それでも世人の関心事を聞ける側面も、疎(おろそ)かには出来まい。爺ぃ、続けよ。

「近頃は、少子高齢化、単純労働不足で、移民開放の亡国策が画策されて居るそうじゃが、お前同様に、言葉も文化も、感じ方、考え方、行動の違う外国人単純労働者が日本に溢れ返る光景を浮かべて見ろ。
 そんな『辛抱の枕』にも為らん鵜合の輩が、自分達の仕来たり、権利ばかりを主張する世の中に為ったら、この日本は、如何なるんじゃ。同化とはお角違いの日本分断の構図じゃ。そんな亡国、滅国をご先祖さん、孫子に何と申し開きが出来るんじゃい。目先事に右往左往する輩が何と多い事か、・・・由々しき世情の進みでは無いか。」

     ★左様で在るか。国民として当然の『憂国の情』で在るな。悪くは無い。続けよ。

「陸続きのヨーロッパには昔から、移動民族としての国を持たないジプシーが居て、季節に応じて農作業の助っ人稼業をして居た長い歴史が在る。農耕の定着民、遊牧の移動民と、其々が自然発生的に隙間を埋めて来たのが、人類の知恵と云う物なのに。グローバルだか、人・物・金・情報とやらのワンワールドだか知らんが、井の中の蛙が未経験ゾーンに嵌り込む様で、ワシはロクロク寝ても居られんのじゃ。」

     ★爺ぃ、理に適った市井の意見じゃ。日の元の日本国は、中々に民度が高い。続けよ。

「ワシとした事が、駄犬を相手に『憂国の情』を吐露しても、詮無き事で在る。遺憾いかん、ワシも独り身が祟って、耄碌したものよなぁ。嗚呼、情け無しや。」

 老人は枕とする駄犬の背の尻尾の付け根辺りを、平手でポンポンと打つ。それを駄犬の黒い尻尾が、蠅を追い払う様に右左に鷹揚に動く。

★これ、爺ぃ、余と己の身分差も弁えずに、将軍の御烙印の、世を忍ぶ仮の姿も知らずに『罵詈雑言』の数々、是、許し難し為れど、市井の暮らし向きを観察して、余が三つ葉葵に立つ時の参考として居るのが解らん様では、『清濁併せ呑む』の余の大御心、慈悲の心が、日に日に虚しゅ為るばかりじゃ。天下国家の御正道を世に知らしめるのは、何と至難の技で在る事か。

 賢犬は陽射しの暑さを避けて、カーテンの陰に頭を移動させる。老人も駄犬の胴体を枕に背中で移動する。丁度、顔の部分が陰に掛かって、11月の中旬とは思われない小春日和の、傍目からするとなんとも締まらない老人と駄犬の『惰眠の図』で在る。

       やんごとなき御犬様にとっては、老人は飽くまでも守役・側用人・爺ぃなので在る。

◎ははは、駄犬の奴も、ワシに拾われ寝食を共にする様に為って、少しは『以心伝心の術』を覚えて来た様じゃ。尤も、素性が素性で『野良犬』で在るから、素直さが捻くれて、大欠伸返しでは在るが、それも痛い処を突かれて居る証拠にて、『反省の唖種行為』じゃろうて。素直に首を垂れる反省が在れば、ワシとて頭を撫でて遣る物を。生類、悉く素直さが肝要に通じる処で在ろうに、馬鹿もんが。ヌハハ。

           後一時間もすれば昼で在るか。飯前の散歩に行くと致そうか。

      如何な年金暮らしとは云え、寝てばかりでは『世間体が悪過ぎる』と云う物で在る。

「昼飯の為に、外気吸いに行くぞ。駄犬、伴をせい!!」

★そう来たか。拒絶するのも大人気無しで在る。一応、尾を振って『ワン』と応えて遣ると致そうぞ。

「ワンワン!!」序に尾を振って遣ると致そう。
「おう、少しは反省の意を表し居ったか。それで良い!!」

              ◎ハハハ、犬畜生共は、単純な物よの~。

    虫眼鏡老人は駄犬の首輪にリード線を咬ませて、戸締まりをして庭から出る。

 外は陽光に恵まれた晩秋、平日、小春日和の穏やかさで在る。飛行機雲を思わせる長い筋雲の上に上弦とも下弦とも見える半月の薄い月が浮かんで居る。河川敷には地面にくっ付いた様に、時季外れのタンポポが幾つか咲き、小春日和の気温に起こされたチョウ、赤とんぼが飛んで居る。

 東の遠景には、美ヶ原山系の松の緑に紅葉・黄葉が四十万(しじま)の様に描かれて居る。夏のアルプスの山容に、残雪が刻まれて居る趣では在る。

 屏風の様に屹立して西を縦断する男性的タッチと比べると、東山山系は穏やかな稜線を重ね合わせる山容を彩る紅葉・黄葉のうねりは、飽くまで女性的で在る。このキャンパスは、水彩画よりも油絵表現の方が、絵に為る眺望で在る。

「これこれ、駄犬、急くで無いわ。早春の萌える茜色、春の芽吹き、幼緑、夏のアルプスの残雪、秋の紅葉・黄葉、冬の雪景色と、四季を映す山河もまた、花鳥風月に遊ぶ『散歩の意義』と云う物よ。いやいや、ワシとした事が、駄犬を買い被り過ぎた様じゃ。ダケン、許せよ。何事も知らぬが花じゃ。あはは。」

 相変わらず、老人の犬に対する呼びは、役立たずの駄犬と愛称のダケンで同じで在る。それでも、年月を重ねた老人と犬のコンビで在る。駄犬とダケンの微妙な差異をやんごとなき犬は聞き分けて居る様に見える。

★この不精髭爺ぃが、『花鳥風月』と来たか。花鳥風月を愛でる気が少しでも在るなら、髭を剃るか、髭を生やして手入れをするのが、風流人の身だしなみと云う物で在る。
 云っても詮無き事ながら、爺ぃにも困った物で在る。世が世ならば、そっくりそれは、余が爺ぃに云って窘(とが)める内容で在ろうに。
 然しながら、言葉は通じない物の、一緒に暮らして遣れば、それなりの効果が出て来る物じゃのう。余の身は犬に映って居ても、其処は余のやんごとなき気品と人徳の為す処で在ろうな。『人は、一代にして為らず』で在る。苦しゅ無い。寄らば、通う衆生の情も在ろうと云う物で在る。これも、やんごとなき身分の『労りの情け為り』。余も、歩みを合わせて遣ると致そうか。ワッハッハ!!

 老人と犬は河川敷の階段を上がって、歩行者専用の橋を渡る。大学のキャンパスに通じる橋で在るから、学生の徒歩が在ったり、自転車が行き来する。都会系、暖地系の学生達の服装は、土地の服装と違って、一足早い冬の物で在る。橋を渡って、大学の球場でのサッカーの練習を一瞥して、大学、中学、高校の界隈を進む。

 落葉した欅並木、銀杏並木の落ち葉を踏締めて、今を盛りのドウダンツツジの並びを抜けて、老人と犬はゆっくりとした歩調で神社の境内に入る。広い境内は落葉樹と常緑樹、松の混合で在るから、緑が保たれて居る。社務所、弓道場の裏を回ると、本殿裏には小山が設えて在る。普段は誰も足を踏み入れない静かな一角に成って居る。

「駄犬よ、暫し、自由にして参れ。」と云って、首輪のリード線を外して遣る老人で在った。

 自由に為ったやんごと無き犬は、落ち葉を鳴らしてダッシュを繰り返したり、臭いを嗅ぎ回ったり、樹木の幹に後ろ足の片足を上げてのマーキング付けをしたり、異臭には吠えをしたりの犬特有の動きを始めて居る。

 老人は、そんな駄犬の様子に目を細めながら、ポケットから天眼鏡を取り出して、欅、松の樹皮を剝して、天眼鏡に映る冬眠備えをして居る昆虫類を覗いて頷いて居る。

     ★爺ぃも、自分の趣味と為ると大人しい物よなぁ。ふふふ。暫し、愉しむが好いぞ。

 今年は不思議な事にキノコの当たり年で在った。散歩コースの神社の境内で、ハツタケ、アミタケ、リコボーなどが顔を出して居て、何回かの味噌汁の具と為った次第で在る。

「お~い。駄犬や、そろそろ帰るぞ~。帰りには肉屋に寄って、骨付きの鳥肉でも買って帰ろうか。お前も偶には、生肉を食べたいだろうからな。さぁ、来い。リード線は我慢せよ。好し好し。」

 帰りは境内の裏から出て、旧宿場町を経て川を渡り、ドングリの枯れ葉が風に鳴る山際の小道を回って、帰路に立った老人と犬の道行きで在る。

 途中、石に蹴付いて転倒する刹那、犬がサッと回り込んで、背で老人を受け止めるシーンが在った。老人は犬の首を両腕で抱いて顔に頬擦りを何度もし、犬は老人の顔を舐め上げ、黒い尾を優しく振って応えて居る。

 小風に乾いた落ち葉が、道にカサカサと鳴り、里山の上空には、鳶が輪を描く小春日和の正午で在った。

                         点描・犬との暮らしより。
                            2018/11/19 アガタ・リョウ



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コメント

^^

あら。不思議。11/24の期日はずが最後に11/19とは。これ如何に?これは夢で御座ろうか?否・夢ではない。人は歳を食らうと妖怪狸狐となり。戯言も真の如く言うそうな。あな。おそロシア。

思えば題名も「虫眼鏡老人」と何気に江戸川乱歩調。虫眼鏡はモノを拡大するばかりでなく。太陽の光を集めて火を起こす代物でもあり。「虫眼鏡老人」氏は日本を焼野原にするつもりであろうか?否。氏の狙いはさにあらず。己が憂いを焼き尽くすつもりなのである。

日本は経済戦争・思想戦争(豆腐状態・多少高野豆腐もあるでよ)情報戦争(かなり重症)の静かなる内乱起こりし時ぞ。今。密かに覚悟を決めよ。各自。そう思われよ。

No title

waravino氏、先程、伺いしが余りにも、ハイレベルにて、早々に退散して来申したが。

 思想闘争も多少の高野山豆腐も在りしも、豆腐戦争との喝破、畏れ入り奉らむ。吾、節煙煙草を噴き出して候。

 情報戦争を仕掛けられ放しで、実に口惜し候為れど、何故に敗戦見せ掛け平和の自縄自縛念仏を唱えるばかりの体たらく。

       長州、会津に学ばずして、何の護国為りや。

 嗚呼、大山鳴動して神風吹くべし。風よ吹け、怠惰の土塊一掃して、いざ、憂国の士、立ち上がり、言を熱くすべしで在りまする。


 イッッ・ハズ・ゴーン・ウイズ・ウィンドーに因んで、カルロス・ハズ・ゴーンの天照大神の啓示、努々、無駄にせぬ様、覚醒せよ。大和の民原よで在りまする。へへへ。


時々、隠し玉で、貯蓄を心掛けて居る次第で在りまする。隠し玉が在ると、いざと云う時の奥の手にも為り候にて。


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