FC2ブログ

記事一覧

長駄文館・・・さて、朝飯と致そうか。

                   さて、朝飯といたそうか。(5/2/19)
 昨日はネット講義を布団に入って聴いて居ると、廊下から『お爺ちゃん来たよ』の声で在る。倅ファミリーが昼を一緒に食べようと遣って来た。孫二人は廊下で、齧り付きの鳥覗きをして居る。雨の寒さでコタツをONとして、上を片付けて並べる。

「お父さん、今年もお願い。梅壺、タッパ、ジャムビン持って来た。台所において置くね。取り皿は?」
「そっちの食器棚に在るわ。」

 そんな次第で始まった大量のパック物で昼飯が始まった。下チビは、私の沢庵が大好きでじいちゃんのダイコン、ダイコンと食べて居るとの由。上は二年生にも為ると大人びて来る。今年はヤマメを手で獲ると意気込んで居る。上は太ってデカいし、下は痩せて小さいが、二人とも走り回る元気の好さで在る。下チビは好く喋り、愛想を振り撒くのに長けて居るが、強情で手を焼かせて居るとの由。

 職業柄、10連休の恩恵に与れない次第で、倅は明日仕事が入って居るとの由。嫁さんもローテーションで連休も儘為らぬのが現実との由。10連休表事情と裏事情とでは、現実は大変な違いで在る。庶民常識から考えれば、10連休などしたら生活が回って行かないのは明々白々の現実で在る。

 倅夫婦は私のブログで、独り暮らしの日常を把握して居るから、お互い電話もしない次第で在る。

 車から降りて庭から入るって来るだけで、ブログ日常が目視、実感出来る次第で在る。倅は生まれ育った居心地の好い家で在るから、私がそうして居た様に倅を連れて遊びに来ると、倅は母に任せて、寝てばかり居た次第で、その役割が私に回って来て居るだけの事で在る。

 食事が済めば、子供達は親がコタツで転寝をするのを待ち受けて、戯画廊の六畳でネットで好みのアニメ動画を兄弟で見るのを常として居る。一応、小童子と下チビで在っても、お世辞は心得て居るらしく、『お爺ぃちゃんは、絵が上手だね。俺はこんな上手に描けないよ。凄いよ。』『うんうん、上手。すごいね。』リップサービス上手で在る。

 上と下では見る物が違うから、順番で見て居る。動画の切り替えに為ると、呼びに来る。それが終われば、部屋は子供達の空間で在る。マンドリンを鳴らしたり、絵を見たりして、自分達の自由な時間を楽しんで居る。

 その間、大人はお茶を飲んだり話をしたりで、大人の時間と子供の時間が並行して流れて居る訳で在る。

「この前さ、ゴマ塩頭の婆さんが夢に出て来てさ。飯を食べて居るテーブルクロスをさ、『こうして洗剤付けて、拭けば奇麗に成るよ。ほら、見てご覧。』ってニコニコ顔で云われちゃってさ。」
「そうか、親父一本取られたね。婆ちゃんらしいわ。ちゃんと見てるって事だ。アハハ!!」
「そうそう、お婆ぁちゃん、やっぱり、お父さんが可愛いんだわ。好い漫才コンビだったからね。」
「あれが、婆さんの茶目っ気だわな。それで朝一番のテーブル拭きをしたって訳さ。あれだ、つくづくと頭の好い婆さんだわさ。未だ若くて、美人さんだったぜや。いやはや、大した夢のお出ましでさ。」
「そうか、親父でも、母親には頭が上がらんって事だわ。婆ちゃんだけ在って、遣る事がスマートだね。うんうん、分かる分かる。」

 こんな雨の日も悪くは無い物で在る。長男坊主の小童子は面白い物で、慎重さを秘めて居る性格で、最初は尻ごみをして居るが、頭の中では色々と考えて居る。今日は兼ねてからの興味対象マンドリンを抱えて、動画の歌に合わせて歌いながら、音を出して居る。

 いやはや、上手い物で在る。下チビが鳴らすと飛んでも無い『雑音』に為るのだが、それが性格の違いにも依る処なのだろう。小童子は、中々の物では無いか。私にもその才能の欠片が在ったとしたら、カラオケでマイクも持てただろうに、嗚呼、残念為りで在る。

 何も勉強は学校、教科書でする物では無い。我々世代は漫画で勉強したので在るし、外国人は日本のアニメで、日本語、日本文化の入門をして居る次第で在る。へへへ。

 小童子は小さい時から、何かと私に興味が在るらしく、一人で四畳半に来て、金魚に餌を遣ったりして居た物で在るし、私を外に連れ出して居た物で在る。その内に、ドラえもの動画をオネダリするのを楽しみにする様に為った。足の届かない椅子に乗せて貰い、黙って一人見て居る姿は、中々の集中力で『馬鹿』で無い限り、鍛えて遣ると好い線に為るのでは無いかと、観察して居る次第で在る。

 我を張る処も無く、何かと世話をして呉れる優しい処が成長株と観察して居る次第でも在る。兄弟のじゃれ合いも、下チビが自分に味方して呉れると、お礼のキスをする兄で、上手くして居る。ギヤハハ。

 私は就学前に父親を亡くし、爺、婆の記憶も無い。これが普通の事なのだろうが、父親が居て、その父親の私が同時に存在して居る。またその母親の大婆ぁちゃんとの血の繋がり、縦の繋がりは、小童子の心を読むと興味深い次第でも在る。刷り込みと云う事柄が世の常とは云うが、長い人生を持つのが人間で在る。

 刷り込みから離れて、自分を確立して行く工程が人生その物で在る。刷り込みの一方通行から、記憶を反芻する事で取捨選択をして行く脳内回路の発達発展が、人格形成の核芯部分なので在ろうから、私としては血肉を分けた者達に、記憶の材料を提供させて遣りたいと思って居る次第で在る。へへへ。

 帰ると云う時間で在るから、古沢庵を天日干しして冷蔵庫保管をして置いた大きなタッパ、寝かせて置いて特辛炒め味噌のタッパから2種をブレンドしてタッパ入れ、角の取れた梅干し、庭から山椒葉、ミツバをカットして持たせる。嫁さんは季節の香りと喜び、下チビは爺ちゃんのダイコンと喜ぶ。沢庵は食卓に、梅干し、特辛炒め味噌は弁当のおかずと成り、これもR家の味の伝承の一つとも為って居る。最後の吊るし柿を実家の土産とする。

 明けて本日、曇天の朝で在る。久し振りにフェンスにキジバト番いが遣って来て、仲好く身を寄せ合って、羽繕いを交換して居る。9時を回る頃に成ると、漸く晴れ間の中にお天道さんの差し込みで在る。陽が当たれば、山ツツジ、アザレアの花々が輝く。廊下鉢のピンクのシクラメンが、2輪緑葉の中に咲いて居る。六畳廊下のガーデンシクラメンの寄せ植え鉢は、相変わらず咲き誇って居る。風の冷たさでは在るが、軒下に吊るした2籠では金華達が活発に飛び回って居る。

 さてさて、腹も空いて来たから、ミツバをカットして澄まし汁に浮かせて朝飯とすべしで在る。漸く昼に成っての気温の上昇で在る。気晴らしに、草を抜いたり、小石を拾ったりの時間潰しとする。野菜種が残って居るから、ジョロ散水の手間は同じで在る。出の細い所、空いた箇所にも溜めを捲いて、遊んで見る。

 本年の定着したカサブランカの芽出しは、去年より1本増えての6本で在る。一緒の年に買って来た牡丹苗に付属して居た芍薬一本からは、二本目の芽が出て来て居る。芍薬の定着に、ニンマリの感で在る。地、植物と接して居ると、近視眼ながらも呆けずに、愉しい時間が過ごせる物では無いか。へへへ。



スポンサーサイト



コメント

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

アガタ・リョウ

Author:アガタ・リョウ
FC2ブログへようこそ!