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長駄文館・・・雨の潤いに。

               雨の潤いに、朝日に映える緑と花為り。(5/15/19)
 煩い煩い、静かにしろ。ったく。起こされと仕舞ったが、眠くて遣り切れない。適当な処で、二度寝でカヴァするしか無い。

 一応、昨日は雨が降って呉れたから、植物達も一息付けて居るのだろう。5時前で在る。コーヒーを入れて、ラジオをONにして煙草のショート吸いで、庭の佇まいを眺める。5時のニュースを聞いて、頭も起床の口で在る。煩い第一期生籠を小部屋の廊下に遠避けると致そう。夏至までには未だ未だ朝が早く成る。いや待てよ、布を掛けて暗くする手も在る。どちらにせよ、一緒に暮らす以上は、自己防衛する必要が在る。

 昨日は夕刻から始まった雨に、廊下のシクラメンを外に出して、雨に当てながら、ディーン・マーチン、ペギー・リーのCDを聴きながら色鉛筆を一本一本、カッターナイフで削って時間潰しをした次第で在る。

 鉛筆削りが好きだった。ガヤガする授業前、緊張感漂う試験前の鉛筆削りは、私の小さな好きな時間で在った。ナイフを動かして、角度、幅の削りを整えて行く一削り一削りが、何か気持ちが落ち着いて好きだったので在る。今改めて考えて見ると、小学校に入った頃は自分で削れ無かったから、母親が削って呉れた。そんな母親の鉛筆を削るのを観察して、他の生徒とは違う出来栄えに、知らず知らずに削りの整え方を覚えて行ったのだろう。

 ハンドルを回す鉛筆削り器、筆箱に入る小さな削り器が普及して来ても、それを敢えて使う事はしなかった。当然、誰が考えても、面倒で時間が掛かる事では在った。然しながら、遊び呆けては居たが、勉強する時は勉強をしなければ為らないと云うモチベーションを自分に作ると云う『私流の儀式』だったので在ろう。

 高校からはペン先の滑らかさ、削る必要の無い大人の味で、専ら万年筆を使用して居たのだが、矢張り鉛筆削りは好きだった。シャープペンシル、ボールペンに移行する時代だったが、時代に逆行する様に鉛筆、万年筆は私の筆記用具で在り続けた。

 母親介護生活に入って、自分の時間を作る意味でブログ打ちを始めた次第で在る。当初は写真も入れたいとデジカメも購入したのだが、縮小機能が利用出来無い機械音痴で在る。字ばかりの物語では、私の稚拙な文章を読んで下さる稀有の訪問者各位に申し訳が立たないと思い、物語の挿絵として、授業中、会議中の落書き絵を思い出して遣り始めた幼稚画で在った。

 一応、絵の具、クレヨンと試したが、色鉛筆画に落ち着いた次第で在る。多分、色鉛筆画には鉛筆を削る工程が必須で在る処も、大きく作用して居て、長続きがして居るのだろう。

 さてさて、お天道さんの差し込みで在る。鳥籠を外に吊るして遣ると、朝告げ同様に煩い騒ぎ様で在る。シクラメン鉢を廊下に置いて、庭の見回りとする。常緑樹の枇杷の落ち葉が盛りで在る。それらを拾って、キュウリの回りに敷いて土の乾燥防止兼腐葉土予備軍として居る次第で在る。自生枇杷で在るから、ウラナリの落下で実付きは疎らで在る。云って見れば、『自然摘花』と好都合と見て居る次第で在る。枇杷の実は、ヒヨドリと共食して居る次第で、実れば見栄えの悪い小粒では在るが、枇杷の味がするから有難い物で在る。

 花が咲けば目立つ物で在る。野生種アヤメの濃い青さを愛でて、道脇に移植した物が何時の間にか群生を成して居る。清楚な青の輝き、主張は、中々の雰囲気を醸し出して居る。去年の幼苗を見付けて移植したカワラナデシコが大きく育ち、何年振りかで道脇に風情の花を咲かして呉れそうで在る。

 そう云えば、オオヨシキリの声は聞くが、五月の連休は過ぎたが、カッコウの声は未だだし、今年はウグイスの声も聞いて居ない。不思議序(ついで)に云えば、師走のシマ蛇との遭遇は在ったが、主蛇の大アオダイショウを探して居るのだが、未だ遭遇して居ない。

 復活ブドウは消毒をしないから、虫が入って枝の大方をカットして、間違えて数少ない生き枝もカットして仕舞い、惨めこの上ない次第では在る。それでも、辛うじて残った新芽が順調に伸びて蔓、房の赤ん坊も幾つか見えて来た。寂滅を標榜する私にとっては、目の保養とも為る見守り観察とも為る。そんな次第で、閉じ籠もりロートル親父の日々では在るが、退屈しないから、自然の営みに接しられるのは在り難い物で在る。

 雨の潤いに映える緑と花で在る。7時半で在るか、飯の用意をして、二度寝に移ると致そうか。へへへ。さてさて、本日はどんな風に進んで行く物やら。

 嗚呼、好く寝た。11時半を回って居る。布団を干して、外の鳥籠を見ると様子がおかしい。二期生籠の元気過ぎる雄の食い千切られた躯(むくろ)が転がって居る。モズの襲撃を受けたらしい。この時季、モズは帰ったと考えて、外に吊るして居たのだが、未だ居たのかで在る。躯始末方々、相性の悪い一期生番いの交換とする。二期生の雌と交換する。これで三度目の被害で在る。

 飼い主として腹の虫が収まらないのは、当然で在る。廊下に鳥籠を並べてサッシを半分開けて、殺害者を廊下の椅子で、煙草を吸いながら待つ。程無くモズが庭に姿を現わした。躯は未だ温かかったから、食べに来たので在る。様子が違って居るから、野生の警戒心で、場所を移しながら様子が観察して居る。当然、廊下で見て居る私も視界の中に居る。柿の木、百日紅、枇杷、松、地上と警戒しながら、廊下の鳥達を狙って居るのは、明々白々で在る。若い時分は血の気の塊人間で在ったから、モズの心境は手を取る様に分かる。此方の殺気を気取られない様に、私は間抜け面で動かずに居る。松の横枝に止まって、襲撃のタイミングを取る様に黒い尾羽を振って、飛び立とうと身を屈めた。

                    「さぁ、来い。勝負じゃい。」
                    「飛んだ、入った!!」

 脱兎の如く、走ってサッシを締める。人間様は自然界に君臨する魔王じゃい。俺様を甘く見たのが運の尽きよ。ざまぁ、見遣がれ。軍手を嵌めて、お仕置きで在る。

 四畳半のカーテンの所でバタバタして居る。カーテンの開け閉めに使って居る南天の枝棒で、茶色の頭を数回叩いて遣る。モズの野郎は脳シントウとパニ喰りで、机の下に落下した。其処を空かさず頭を抑えて捕獲する。キリギリスケースに入れて、一件落着で在る。

 弱肉強食は自然界の掟だろうが、人間界には人間界の掟が在る。殺戮を犯したので在るから、自然界の摂理、掟を勘案しても、禁固刑は3年以上とするのが妥当と云う物で在る。従って、初犯で在っても執行猶予が付かない実刑が相当で在る。

 シャワーを浴びて、ホームセンターへ金魚、メダカの餌、新番いに為る籠への藁巣の代用としてカバア付きの容器、芳しくないキュウリの予備に苗の補充、大手スーパーでの買い物に自転車で行って来る。

 いやはや、暑い往復運動で在った。早速、苗植えをして、ジョロ散水を施し、重点葉野菜にもジョロ散水を施し、食材の下ごしらえをして、野菜ジュースと駄菓子昼とすれば、早や3時半で在る。

 さてさて、5時成ったら、再びのジョロ散水配りをして、モズを放して遣る事に致そう。その前に独房の辛さを骨身に叩き込んで遣ると致そう。仲間が一羽殺されても、何事も無かった様にして居る金華鳥達で在る。駕籠の近くに独房禁固の実刑中のモズにも然程の関心を示さない自然界と云う物は、人間の安易な擬人化とは別世界の形で在る。

 尤も、隣国の中国大陸、朝鮮半島の毒亜圏と欧米先進国・日本との精神回路&行動回路の隔絶が存在するで在るから、犬畜生の獰猛さ、薄情さとばかりとは云えない次第でも在る。

 放鳥に際して、ケースを大魔神怒るのシーンで、無茶苦茶に揺すって開けて遣ると、然しもの最小の猛禽類モズもヨロヨロの飛びで、南天と山吹の茂みに入った次第で在る。これに懲りて、人間界の縄張りで狩りをする愚を、骨身に染み込ませて貰いたい物で在る。

               人間を舐めたら、あかんぜよ。悔い改めよ。ギャハハ!!



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